「ご飯食べんと私死ぬ」

太陽が南中して少し後、みょうじさんは空腹を訴えて仕事のペースが遅くなった。栄養が行き渡らなくなるとすぐ行動に出るのが彼女だ。隠すことをまるでしない。

「確かに昼時だな」
「でしょ!?ご飯支給されるよね?」
「そうみたいだよ〜」
「何が出るの!?なんたって跡部様が主催する合宿ですもの!豪華絢爛に決まってますわ!」
「今日は冷やし中華ですよ」
「……冷やし中華?」
「ええ」

さっき聞いた献立を正直に伝えるとみょうじさんはその場に力なくへたりこんだ。

「……ちょっと季節外れなんじゃないでしょうか」
「この世界観の中ではまさに風物詩として出回る頃ですよ」
「冷やし中華ふぁっきん」
「何だみょうじ、いつもはあんなに食い意地張ってるくせに嫌いなのか?」
「私は冷やし中華が1番嫌いなんだよぉ……このまま飢え死にかよ」
「めっずらC〜!なまえちゃんに好き嫌いがあるなんて!」

跡部さんが勝ち誇った顔で、芥川さんが興奮した様子でみょうじさんを見ている。
確かに食でこんなに落ち込むみょうじさんはレアだ。この人は人間性そのものがレアといえばレアだが。

「ちなみにみょうじさん、冷やし中華の他に嫌いなものはあるんですか?」
「何?日吉くんみょうじさんのこともっと知りたいの?そうなの?」
「鬱陶しいです。ただの気まぐれですから勘違いしないでくださいよ」
「ちーん。……私は冷やし中華とお茶漬けと目玉焼きの3強だよ。大っ嫌い」
「A〜?どれも美味しいじゃん!」
「あんた嫌いなものまで世間一般と逆行してますね」
「やだよ!跡部くん、私は冷やし中華イヤだ!」

往生際の悪いみょうじさんは跡部さんにメニューの変更を要求する。しかし跡部さんがそれを許すはずもない。

「好き嫌いするんじゃねえ。そんなんじゃ俺や樺地の身長を超えるなんて無理だ」
「何を!別に冷やし中華の1つや2つで身長が変
わるわけじゃあるまいし」
「待ってくださいよ。あんた跡部さんや樺地を超そうとしてるんですか?バカなんですか?」
「日吉くんまでひどい!」

そんなこと生まれ変わらないと実現なんて無理でしょうが。大体それ以上大きくなってどうする。

「もういいよ!川で釣りするし!あとちーちゃんかりてくよ。いいよね?」

川釣りで自給自足宣言したみょうじさんの口から同時にちーちゃんという名前が飛び出した。

「ちーちゃん?誰だそれは」

案の定跡部さんは気になったらしく怪訝な顔でみょうじさんに聞く。

「四天宝寺の千歳千里だよ。ちーちゃんを拝借します」
「何言ってんだ?話が見えねえ」
「ちーちゃんいると魚がいるポイントが分かるから」

才気煥発の極みをポイント探しに使うトンデモ女は話の論点を間違えている。問題はなぜ、千歳さんを知っているかなのに。

「何でお前と千歳が知り合いなのか聞いてんだよ」
「ちーちゃんは私の幼馴染なの!分かる?」
「幼馴染だと……!?」

幼馴染だって?いくら何でも初耳だ。

「ちーちゃんとは小学校からの幼馴染なの。家も近所で昔からずっと仲良くて……」

話を聞く跡部さんと芥川さんの目が据わっているし、それを聞く俺の機嫌もまるで第三者から見ているように低くなっていくのが分かる。

「却下だ」
「却下?」
「千歳を連れ出すのは却下だ。許さねぇぞ」
「さっすが跡部〜!そういうの何だっけ?エエダンっていうの?」
「それをいうなら英断です」

流石跡部さん、俺の超えるべき相手だ。

「ちょっと!何それおかしいよ!理由を簡潔に話してよ!」
「千歳も男だ。二人っきりにできるわけねーだろ。万が一変なことされてみろ、後の祭りだ。そうなるのは俺様が許さねぇ」
「お父さんか!だいたいちーちゃんがそんなことするわ……」

声はフェードアウトしていった。
みょうじさんは何やら「なんか心当たりあるかも…?」と顔が図星と呟いている。心当たりあるのか。

「ち、ちーちゃんは変なことしないし(多分)
実際跡部くんの許可なんていらないし!」
「なまえちゃんさっき『いいよね?』って聞いてたよね〜?」
「あっ」
「馬鹿……」

芥川さんに笑顔でトドメを刺された。
この人はこの爪の甘さだけなら一生丸め込めそうだと思う。追い詰められたみょうじさんだが降参はしない。何がここまで彼女をそうさせるのか……。もしかして千歳さんのことを……

「じゃあ跡部くん、ちーちゃん連れてっちゃダメならせめて冷やし中華を……!冷やし中華を別のメニューに……!」
「ふん。俺様に感謝するんだな!」
「やったー!!」

みょうじさんを動かしたのは冷やし中華らしい。俄然やる気が出たらしいみょうじさんは残ったボールを拾いにさっさとコートに戻ってしまった。

あくまで俺は暇だったので手伝いにいく。
『別メニューの歌(第一希望:素麺)』なる即興曲を歌うみょうじに俺はふと疑問をぶつけた。
みょうじさんと千歳さんとが幼馴染なら、恐らく……

「もしかして……不動峰の橘さんも幼馴染だったりするんですか?」

みょうじさんの別メニューの歌が止まった。


「そうだよ!桔平も幼馴染なんだ!」

この後はみょうじさんは別メニューの歌(第二希望:笊蕎麦)の歌を歌っていたと思うがほとんど覚えていない。
それはみょうじの歌が意味不明だったからか、みょうじさんから思いがけない呼び名が出たからか、それは分からない。


2016/9/16修正

久々の更新!!
基本夢主は呼び名が大事な子です。

誤字修正しました。
うっとおしいとか激ダサだぜ…。
[ ]