跡部くんに連行された先のコートには宍戸君とチョタくんがいて、あっ察し……状態で私は慰められた。それが寧ろ跡部くんからは逃げられないんだぞと言われているようで絶望する。

「いつまで泣いてんだ。そんなに嬉しいのか?」
「冗談でもそういうのやめてくれや」
「まあ観念して合宿手伝ってくれよな」
「宍戸くんもそういうか」
「なまえさん、俺もお手伝いできることがあればしますよ!」
「決めた。私チョタくん専属マネならやる」
「鳳!みょうじを甘やかすな!……それとみょうじにはこれをやる」

跡部くんから渡されたのは結構な厚さの資料。パラパラと捲ると事細かにドリンク作りなど仕事内容が書かれている。これはどう考えても私を巻き込む気満々だったということだ。注意事項のとこに「サボったら夏休み明け藤田先生による補習」とか書いてあるし。

「それ見ながら仕事しろ」
「あのさぁ……一ついい?私一応コンクールの為にピアノの練習あるんだけど」
「休み時間結構取ってんだろ。合宿所にはピアノを持ち込んでる」
「でもさ」
「ブロードウッド弾きたいだろ」
「はい弾きたいです是非とも」

財力ってすごいね。何でもできちゃう。

「まず隣のコートにタオルとドリンク持って行け。後は資料通りだ。困った時はそれを見ろ。任せたぞ」
「マジで丸投げなんだな…」みょうじ、頑張れよ」
「なまえさん!頑張って下さいね!」

もうやってやろうじゃないか。
跡部くんはこの前ハーゲンダッツグリーンティーを付けると言ってくれたのでそれもしっかり給料として貰ってやる。あとちーちゃんからいきなり団子貰おう。

資料を見ながらドリンクとタオルを取りに向かおうとするけど跡部くんに呼び止められた。

「もう一つあった。これを持っていけ」
「これって……」
「探検バッグだな」
「探検バッグですね」

いわゆる小学生が社会科の野外学習なんかで使うポケット付きのボードだ。跡部くんは得意気だ。

「ペンとメモ帳入りだ。しっかり働けよ」
「働くっていうか……勉強してこいって感じなんだけど」


「ちょ、なまえちゃん何で探検バッグ提げとるん?」
「笑うな!」

隣のコートにタオルを持っていくとまさかの忍足君で、案の定提げていた探検バッグを笑われた。出オチとか求めてないんだよ。挨拶とかでいいよ!

「跡部か。ほんまなまえちゃんのこと好きやなぁ……更には心配症になっとる。探検バッグ提げさせるくらいやもんな」
「人を追って合宿場所変えたりとか探検バッグ持たせたりとかいう形の愛はいらない」
「せやな。でも嫌なのに提げとるんは何で?」
「絶対に資料失くすもん」
「自分分かっとるやん……」
「おーい、忍足」

聞きなれない声で振り向くと、何だか奇抜な
見た目の男子がこっちに歩いてくる。黄色……というか辛子色のユニフォームが大変特徴的。それ以上に結んでいる髪が銀色。これまた奇抜だ。

「誰じゃ?その小学生」
「誰が小学生だ!」
「この子はうちの臨時マネージャーやねん」
「不本意だがな」
「こう見えて3年生やで」
「こう見えてとは何だ!こう見えてとは」
「丈の短いサロペット着て探検バッグ提げとるちんちくりんじゃけえ、どっからどう見ても小学生よ」
「……」
「プリッ。そんなに警戒せんでも良いじゃろ」

プリッなんて反応されたの初めてだ。どういう意味?なんて方言?何語?
聞きたいのはやまやまだが彼の雰囲気がそうさせてくれない。忍足くんも隣にいるが故の……。

「名前は何て言うんじゃ」
「山田花子です」
「お前まーたその手使ってんのかよ」
「え?誰?いつのまに」
「なまえちゃんだC〜!」

ボフ!という音と共に背中に誰かがタックルしてきた。金ちゃんという怪力少年のタックルを受けた私の敵ではなかったけど、不意打ちなので結構びっくりした。
ガム噛んでる奴は知らないけど、もう一人は。

「ジローちゃん!」
「なまえちゃん!後で跡部が迎えに行くって言ってたのに!」
「そういえばそうやったな。何でおるん?」
「たまたま来た所を見つかった」
「おい無視すんな」
「うーん……ごめんね誰だっけ?」
「お前バカだろぃ」
「こればっかりは仕方ないわ。ごめん、誰かな?」
「おいリアルに辞めろよぃ!」

さすがに冗談だがガム君が必死なので、ごめんね冗談だよ冗談……と言おうとしたけど本当に名前忘れた。

「この薄情女……」
「丸井くんだよなまえちゃん!」
「そうだそうだ!丸井くん!確か私のアドレス帳及びLINEに丸井ブン太として登録されてた。最初のLINEの挨拶がシクヨロで地味に笑ったの覚えてる」
「社会で生きていくには不安すぎる存在だな、お前」
「ブンちゃん、もしかして前に話しとったみょうじなまえって子?」
「そっ。まさかこんなとこで会えるとは思ってもみなかったけどよぃ」
「丸井くんテニス部だったんだね知らなかった」
「前LINEで話したろぃ!」
「そうだっけ」
「ふーん……この子がのう」

銀髪くんがジロジロと私を見る。真夏なのにぞわりと背筋が凍る。これだ、この感じ。まさしく忍足くんを彷彿とさせるこれよ!
思わず私は丸井くんとジローちゃんの背後に隠れた。忍足くんが「俺の後ろ空いとるで!?」とか言った気もするが多分幻聴。

こう、私の苦手な異性として全面的にエロスな雰囲気が出てる人はダメだ。知的で大人っぽいだけに留めて欲しい。いやはや、男はやはりスマートでなくちゃ。

「みょうじ。こいつ仁王な」
「あ。ブンちゃん、自己紹介しようと思っとったんに」
「いいよ多分次会う時忘れてるから」
「ほんまそれな。これは誰でも100%保証するで」
「なまえちゃんすぐ忘れるもんねー!」
「ちょっとは覚える努力したらどうなんだよ!」
「覚えてもらえるようにせんといかんのう。なまえちゃんに名前覚えてもらうのが楽しみじゃ」
「私はこの合宿に来たのが悲しみじゃ」

彼の妖しい(そしてやっぱエロスな)笑顔を見てとりあえずこの人とは関わらないようにしようと決意した。
あ、2番手忍足くんね。
後で探検バッグのメモ帳に書いておこう。

2016/9/10修正

一気に詰め込み。
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