「期末テストを返します」
夏休み前の試練といったら期末テスト。
国語?そりゃ日本人だもの。
外国語?短期留学しましたよ。
社会?仏像マニアなめんなよ。
理科?カルメラ焼き作れるわよ。
数学?……はてそんなものあったかしら?
近付く夏休みに浮ついてにやついた私の頬をグーでぶん殴るような衝撃を与えてくれた期末テストはただでは去ってくれない。追い打ちのように平手打ちのテスト返却が待っているのである。
国語と外国語、社会は良かった。理科はまあまあ。
そして問題の数学。
「みょうじー」
死刑宣告のお時間である。私は藤田先生の元にゆらりゆらりと覚束ない足取りで近づく。
「みょうじ」
「へーい……」
「今回は猫踏んじゃったをテストに書かなかったな」
いやだってあの所為で私は散々な目にあったんだからね。先生が答案用紙を私に手渡してくる。
ああ……またワトソンに持たせてどこか遠くへ答案用紙を運んでもらおうかな……伝書鳩ならぬ伝書隼。見知らぬ人の手元に行くのは愛のメッセージなどではなくただの低得点の答案。
「みょうじ、お前やればできるじゃないか」
「ん?」
こここここれは!
「みょうじ、お前藤田に褒められてたな」
そうなの宍戸くん!
「あの数学と嫁姑関係ななまえちゃんが!すごいC〜!」
そうなのジローちゃん!
「大雪でも降るんじゃ……」
そうなの友人……ってそれは違う。
「わ、私、跡部くんにこれ見せてくるね!」
跡部くんにこの答案を真っ先に見せたい。そんな気持ちがこみ上げて、私は授業終了早々に生徒会室へと直行した。
「……テスト貰って嬉しそうなみょうじ可愛かったな」
「なまえちゃん跡部に数学教えてもらってたもんね!」
「さしずめ跡部くんは塾の先生かお父さんみたいなものなのね……」
「跡部くん!」
「入ってくる時くらいノックしろ」
慌ただしく入ってきたみょうじは何やら紙切れを手に口をパクパクさせている。お前は金魚か。
「何だみょうじ、黙ってちゃ分かんねーだろうが」
「あっあっあのね!私数学の点数上がったの!」
興奮気味のみょうじは世紀の大発見をしたガキみたいに嬉しそうにしている。みょうじから差し出された白い答案を受け取り見る。
「73点」
「そう!73点!すごいでしょ!」
……微妙な点数じゃねーの。
「みょうじ、お前この俺様がマンツーマンで指導してやってんだ!最低でも85点くらい取りやがれ!」
「跡部くんひどい……私がんばったのにぃ!」
「…気持ち悪いな」
「そんなガチで引かなくても」
能天気なみょうじの表情がやや曇っている。みょうじはみょうじなりに努力したのかもしれねえな。
「元は何点だったんだよ?」
「20点台」
「……」
「だから73点とか奇跡にも近いんだから!」
20点から73点、確かに奇跡というべき点数の上昇具合。それを喜んで俺に見せにくるとは、みょうじも結構可愛い所あるじゃねーの。
「やればできるな、みょうじ」
「はっはっは、それほどでも」
そういって頭を撫でてやるとみょうじは得意気に満面の笑みを浮かべる。娘を持つ親の気持ちというか、俺様とはまだまだ無縁な感情がこみ上げてくる。
それにしてもだ。
「何だこの手は」
「いや、ご褒美くれないかなと思って」
俺様は差し出されていたみょうじの手をはたき落とした。
「アーン!?何考えてんだテメェ!お前は俺様に感謝の言葉すらもねえのか!」
「ありがたいとは思ってるよ!でもそれとこれとは話が別。73点のご褒美ちょうだい」
「俺様は父親じゃねえんだ!それにたかだか73点で褒美を貰おうなんざ俺様を舐めてんのか?」
「あー!今の本音でしょ!いや本音でた!とんでもない男ね!女泣かせの跡部様って女子に言いふらしてやる」
「それを雌猫共が本気にすると思うか?」
「ぐぬぬ」
とにかく褒美をくれ!じゃないとこのまま生徒会室に籠城してやる!と迷惑極まりない強欲女はソファに座り込んで俺様を睨んでいる。良い度胸だ。
「……ったく……じゃあ褒美を遣わしてやる」
「よっ跡部様かっこいい!キング!」
「ハッ、当然だ」
「(単純だな)」
俺は再び目を輝かせて俺の方へやってきたみょうじに資料を渡した。
「何これ」
「見て分かんねーのか」
「食べ物じゃないじゃん」
「てめーは食いもんだったら何でもいいのかよ……褒美はそれだ!」
「合同合宿計画書……」
「お前に臨時マネージャーの職を与えてやる」
合宿の臨時マネといえば雌猫共が寄ってたかって争う氷帝の名誉職みたいなもんだ。今回の73点に対しては破格の褒美だ。
どうだみょうじ?
涙して跡部様と首を垂れて歓喜するがいい!
「あ、ご褒美いいっすわ。じゃあ」
みょうじは俺から答案を奪い計画書を握らせて出て行った……
ってさせるか!
「って何だその嫌そうな反応は!?俺様が直々にお前を指名してやってんだ泣いて喜べ!」
「臨時マネとかブラックに違いないじゃん!私は職なら跡部くんじゃなくてハローワークで斡旋してもらうから!」
俺様の腕を離さんとばかりに力を込めるみょうじは本気だ。こうなっちまえば俺様だって後には引けねえ……!
「てめーの最近ハマりのハーゲンダッツのグリーンティーもオプションに付ける!それで文句ねーだろ!」
「!?くっ……」
「(単純だな)」
「……いいよ!ハーゲンダッツはいいけど何か合宿先で遭難しそうな予感しかしないもん!」
「!?」
こいつ予知能力でも持ってんのか……!?
些か狼狽えた隙に意外に単純じゃなかったみょうじは俺様の腕をすり抜けた。
「私おばあちゃんの家で警備員するもん!臨時マネージャーなんかよりずっとホワイトな職場だもんね!」
スイカのオプション付き!とみょうじは吐き捨てるとそのまま見えなくなってしまった。
73点の褒美覚えとけよみょうじ……!
2016/09/09修正
8月終わりになったのに…!
すみません、甲子園観たりしてサボりました。
甲子園の決勝を生で観たらめっちゃ日焼けしたよ…。
ハーゲンダッツ選んだ先はお察し。
[
栞 ]
←*
→