入ってきたのは、先ほど子どもたちに言った
『大人っぽくてしっかりした人。
しいて言えば、こう……知的イケメンがいい。あ、知的って頭が良いってことね。メガネ掛けてると更に頭良さそうに見えるしグッドだよ』を体現したような男性だった。
……正直めっちゃタイプだ。
「い、いえ!そんなことないですっ」
「(お姉ちゃんのタイプまんまじゃん!)」
「(すっげータイミング!)」
子どもたちの口を塞ぎ、「あは、あはは」と取り敢えず笑っとく。自分がかつてないほどテンパってるのには心の片隅で呆れてる。
「どどどどうされたんですか?」
「いや、見事な演奏だった。曲自体は有名だから何度も聴いたことはあるが、俺が聴いた中で一番素晴らしかった」
「あ、ありがとうございます。あ、あの、お、お名前は……」
口を塞げなかった子どもたちが後ろから『名前を聞くんだ!』と小声で急かす。ちらりと後ろを見たらさっきまでイチャコラしてたケンジくんとマイちゃんだ。てか、小学生に背中押されてる私なんなの。
「名乗っていなかったな、失礼した。
手塚国光だ。よろしく」
手塚さんというのか。見た感じ社会人だ。喋り方といい、立ち姿といい、大人らしくてかっこいい。
「わ、私はみょうじなまえといいますです。よろしくお願いしますです」
「……そんなに緊張する必要はないぞ」
「すすすみません」
「……」
手塚さんと話しはじめると、後ろでケンジくんが『エリーゼのために』を弾き始めた。君はうまくいったからいいけど、言っとくがベートーヴェンそれ捧げたけどテレーゼに失恋してるんだからな。
「……みょうじさんはここにいつもいるのか?」
「そうですよ」
しかし、なんだかんだありがたいことにピアノを聴いてると大分落ち着いた。あとでケンジくんにチュッパチャップスでもあげるか……。
「ここでピアノを教えたり、遊んだり……」
「ねーちゃんさ、ドラえもんとかウルトラマンとか好きなんだよ!中学生なのに変わってるよね」
うるせええ!
お前らは応援してんのか邪魔してんのかはっきりしろよ!
「と、まあ……そんな感じで大体月に2回くらいはここに来てこの子達と遊んでます」
「みょうじさんは慕われているんだな」
「いやそんなことはないです」
慕っているというよりからかっているな。
「みょうじさんはピアノは本格的にやってるのか?」
「い、一応。上手いかどうかは流石に自分では判定しかねますけども……!?」
「いや、上手かった」
「あ、ありがとうございます」
か……会話が続かない。
ましてや相手は社会人で全く話題が思い付かない。自分の周りの社会人なんて先生くらいしか思いつかない。成績の話題(というか説教)しか上らない。
頭の中で思考を巡らせながら、おろおろ目を泳がせていると、ばちっと手塚さんと目が合ってしまった。
と、同時に私の思考はものの見事にクラッシュした。
「あ、あっ、あの!私!メンテナンスでこれから22世紀に帰らなくちゃいけないんで!」
意味不明で特に面白くもない謎の台詞を発した私は部屋からダッシュで脱出。別にダッシュと脱出をかけたわけじゃないよ、たまたまだ。
「なまえちゃんどうしたの?」
事務室に駆け込むと事務員のおばさんが声を掛けてきた。おばさんは脚立を出して蛍光灯を取り替えていた。
「私の頭も取り替えてくれませんか」
「あら、なまえちゃん、それはここからまっすぐコンビニの前の交差点を行って左の角を曲がったところに頼んでくれないかしら」
それって大学病院では。
おばさんの答えが本気なのか冗談なのか全く分からなかった。寧ろその方がぞっとした。
「おばさん手塚さん知ってる?」
「ああー、手塚くんね。メガネのかっこいい男の子でしょ」
「さっき話しかけられてピアノ室から逃げてきた。タイプすぎて逃げてきた。会話続かなくて逃げてきちゃった」
「えー、なまえちゃんは手塚くんみたいな子がタイプなの?見る目あるわね!彼はしっかりしてるからなまえちゃんにお似合いよ」
みんな私のこと何だと思ってるの?しっかりしてないと思ってるの?おばさんに悪気はないんだろうけどひどくね?
「おばさん、私の心のメンテナンスも必要」
「というか、強化する必要があるわね。この部屋を出て目の前の階段を登って左手奥の部屋に行ってお話ししてきなさい」
それピアノ室。つまり、手塚くんと喋って超タイプのイケメンに耐える精神力を養って来いってか。おばさんスパルタだなぁ。
(結局緊張して事務室に居座ったのは内緒)
10分後、戻るとそこには手塚さんの姿はなかった。
「ねーちゃん逃げるなよな!」
「せっかくお婿さん候補がきたのに!」
「うん、ごめん……」
まず手塚さんに『逃走したことを謝る』ことを事務室のおばさんに命じられたが、それも出来ずじまいだ。連絡先も知らないし……。
「謝れなかったなぁ」
「さっきの人が、おねーちゃんには悪いことをしたから申し訳ないって伝えてくれって」
「……うへえ」
手塚さん、本当にタイプだ。
2016/9/7修正
突然の終了という形ですみません。
煮詰め過ぎて結局グダグダしました。
手塚が好き過ぎて空回り。
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