お昼の公民館というのはなかなか楽しいもので私はいつもポケットいっぱいにお菓子を詰めて遊びに行く。

かのJ.ブラームスは大変な子ども好きで、旅行先にはいつもお菓子を持って行ってお話ししたんだとか。子どもと話したりピアノを一緒に演奏したりすると色んな発見がある。

例えば、

「ねーちゃん彼氏できた?」
「お、おう……できたぜ」
「それこの前も言ってたよね」
「確かにね」
「またウソなんだね」
「分かっとるじゃないか」

子どもは思ったより残酷だという事実だ。

「そんな一週間そこらで彼氏ができるわけないでしょー……」

この一週間は色々あった……特に跡部くんとか跡部くんとか跡部くんとか跡部くんとか跡部くんとか跡部くんとか跡部くんとか……。
あの人はアドレス帳30人目を譲らず、
結局文化活動委員長の連絡先を泣く泣く削除するに至った。
委員長に事情を説明すると笑って許してくれたな……ごめんよ、あと名前も覚えてないんだ。ごめんよ。

「お姉ちゃん、彼氏作らないと結婚できないわよ」
「いいかい?マイちゃん、彼氏=結婚だとは限らないわよ」
「ねーちゃんが言うとあんまり説得力ないよな。ま、結婚できないねーちゃんの話はいいから、何か弾いてよ!」

ケンジ、マイちゃんにお前がマイちゃんのこと好きだってチクるぞ。

ケンジくんをジト目で見ていると察しが付いたようで慌てて私の横に来て座った。

「俺さ!先週教えてもらった『エリーゼのために』練習してきたんだぜ!」
「ほう……まあケンジくんにとっては『マイちゃんのために』ってところかな?」
「しーっ!」

マイちゃん他、取り残された子どもたちが不思議そうにこっちを見ている。流石に本気でバラす気はないので、ケンジくんに『マイちゃんのために』、本題『エリーゼのために』を弾かせて逸らすことにした。

エリーゼのために。
傑作の森と呼ばれるベートーヴェン40歳頃の作品であり、当時彼の意中の女性、テレーゼに捧げられたものである。テレーゼの所持品の中から見つかったこの直筆譜は、現在世界でも広まり、多くの人に愛聴されている。

……という解説じみたことをこの前子ども達に言ったら「ねーちゃんがまともなこと言ってる」と驚かれた。
結構傷付いた。
あれ?最近の私傷付いてばっかじゃ?


「マイちゃん、どうだった?」

演奏が終わると拍手の中、ケンジくんがマイちゃんに感想を求める。二人の世界を邪魔する訳にもいかないので、他の子たちを座らせて私はピアノを弾くことにする。

「ケンジくん上手だったね!」
「そうだね。私にはケンジくんみたいに弾くのは当分無理だなー」
「どうして?ねーちゃんの方がやっぱり上手だと思うよ」
「ありがとう。でも、ケンジくんと違って……私は表現がまだまだだもんなぁ」

技術面は上にしろ(ケンジくんの上達には目を見張るけどね)、表現において私は追いつかない。
恋なんてなぁ……まだ本気になったことなんて一度もないから難しい。

「お姉ちゃんってどんな人がタイプなの?」
「大人っぽくてしっかりした人。
しいて言えば、こう……知的イケメンがいい。あ、知的って頭が良いってことね。メガネ掛けてると更に頭良さそうに見えるしグッドだよ」
「自分にないものを好きな人には求めるもんだ、ってお母さんが言ってた」
「それは私が知的でないと申すか」

いいんだ、失うライフはもう無いぜ。
とちらりとケンジくんとマイちゃんとを見ると可愛らしい小さな恋ワールドを創っている。


「いいなぁ……うらやまですなぁ」


2人のためにBGMは『エリーゼのために』をもう一度。あと私のいつか現れる(じゃなきゃ困る)恋のお相手に捧げようじゃないか。

「ねーちゃんはピアノは上手いよね」
「ピアノは、とは失礼な」

3分とかからない曲を、演奏し終わると同時に、ドアをノックする音が聞こえた。もしかして職員さんかしら?

「失礼」

入ってきたのは、あれ?

「……」
「……」
「……」

「すまない、邪魔をしてしまったようだな」


2016/9/7修正
名前変換が無いのは錯覚です!

[ ]