「まあまあ、機嫌直してや」
「ジュースで許してもらえると思ったら大間違いだからね」
「ちゃっかり貰うんやな」

手塚くんとの悪い意味で何とも言い難い再会の後、種ヶ島くんは私に機嫌を直してもらおうとジュースで買収しようとする。据え膳を貰わないのは何だから、貰っておくことにした。

「むっ!?100%濃縮還元オレンジジュースじゃない……」
「果汁10%のオレンジジュースやで」
「詐欺!これじゃ果汁飲料じゃない!清涼飲料水だよ!」
「どっちでもええやん」
「機嫌直して欲しいなら濃縮還元をよこせ!」
「ワガママやなぁ。90%くらい我慢しいや」

90%も我慢できるか!という言葉をはいはいとあしらわれた。
誰もいない自販機の近くで種ヶ島くんと二人。今にも私、手が出そう。両手が首に伸びちゃう。この殺意の波動を誰か止めてくれ。


「修さん、こんな所に」
「なんや入江か」

首に伸ばした手がピタリと止まった。誰か知らないけど、道を踏み外すのを踏みとどまった……助かった。今度は本当に人気のない森の中で首絞めちゃおう。
声をかけてきた人を見ると、ふわふわな髪をしたメガネのお兄さんだった。

「……」
「もしかして……みょうじ先生の妹さんかな」

メガネのお兄さんだった。

「……」

やばい、何て返せばいいんだ。
私は首を絞めようとしていた手で種ヶ島くんのジャージの裾を引っ張る。

「どうしたんや?」
「どうしよう修さ……じゃなくて銃さん」
「いや、何で言い直した!?修さんでええのに」
「それよりどうしよう何て返事すればいいかな!?」

大人っぽい、知的そう。+αメガネ。
それつまり私の理想の男性である。この至近距離なのに、ついつい私は隣の種ヶ島くんに助けを求めてしまった。

「妹なんやし、『はい』でええやん」
「えと……あの、は、はい!妹です」
「うん、聞こえてた。やっぱりそうなんだ。僕は入江だよ。よろしく」

よろしくって……!
私は再び隣の種ヶ島くんに助けを求めた。

「何て返事すればいいの!?どうしよ!?」
「幼稚園児かい!自己紹介すればええやん」
「みょうじ妹です!じゃない!みょうじなまえです!よろしくお願いします!」
「うん、お姉さんとはまた違う感じで可愛らしい妹さんだね」
「!!!!?」

可愛いって言われた!
三度目に種ヶ島くんに助けを求めようとすると、既に不満そうな種ヶ島くんは答えを用意していた。

「胡散臭いメガネですね、って言うてやれ」
「高校生なんですか?メガネがお似合いです!」
「いやいやいやいや!」

種ヶ島くんが私の肩をひっつかんで揺さぶってくる。さっきから何か不満なことでもあったんだろうか。

「何?どしたの?」
「なまえちゃんめっちゃ冷静やん」
「だって種ヶ島くんと話して興奮はしないし」
「そんな真顔で言われたら本気で傷付くで」

時と場合により自分に正直でいるのが私のモットーなのだ。私と仲良くしたいならその辺を理解してもらわなくてはならない。

「へぇ〜昨日来たばかりだって聞いたけど随分仲が良いんだね」
「せやろ」
「ナインボットワンの為には多少の犠牲もやむを得まい」
「仲が良いといえば……」

入江さんが話し始めたのを『ナインボットワンだけなの!?』と種ヶ島くんが詰め寄って妨害した。私は種ヶ島くんをなんとか押しのけて入江さんに続きをお願いする。
修さんは仕方ない人だなぁと笑った顔は素敵だ。メガネのお兄さんは良いぞ。

「そういえばなまえさん。中学生たちが貴女を血眼になって探してるよ」
「中学生……」
「うん、『いるなら出てこい!』とかみんな叫んで探し回っていたよ」

私の頭上からドーンと雷が落ちてきた。
中学生たち(漠然としたくくり)が
貴女(間違いなく私である)を
血眼(ここがポイント)になって探しているだと!?

「へぇ〜流石にバレたんやね」
「バレたって?」
「自分来たのがまだ知られてへんのを良いことにイタズラしとってん」
「修さんも一緒になってやったの?」
「まあ失敗したけどな」

修さんは知らないからそんな呑気なことが言えるのだ。私は思い出した。フランスに行く前に自分が何をしでかしたの……を。

特に氷帝のみんな。
そんなに怒ってるのか……?
常々会ったら説教してやるとは言われてたけども。

「中学生って……もしかして氷帝?」
「まあ氷帝は全員君を探していたね」

自分の血の気が刹那に引いていくのが分かる。
血の気、血眼……その次に来るのは!

「血祭り!」
「血祭り?」
「血祭りにされる!でも氷帝だけに氷漬けもありえる……!」
「君一体何したんや」
「部屋に戻ろう!籠城せねば!」



「まさか自室が既に割れているとは……」

理由を私を待ち構えていたのは、氷帝テニス部レギュラー一同であった。厳密には、部屋にいるであろう私を待ち構えているのだろうけど。

私は曲がり角の壁に隠れながら様子を窺う。私が一番下、真ん中は入江さん、一番上は種ヶ島くん。いわゆるだんご三兄弟状態である。

「ったく……まさかアイツがこの合宿に来ているとはな」
「ウス」
「亜久津や手塚が見たって言っとるってことは、あれは本物やったってことや」
「女医と名字が同じの時点で気付くべきだったぜ……」
「出てきたら説教だC」
「本当にそうですよ!」
「おい開けろなまえ!」
「観念してください」

……私は顔を引っ込めて膝を抱いた。

「これは死んだ」
「顔が死んでるよ」
「諦めるの早すぎやろ」
「だって、だってあのジローちゃんが『出てきたら説教』って言ってる!チョタくんまで同意してるし!」

私は小声で必死に訴える。
あの温厚なジローちゃん、生きた博愛主義のチョタくんが私に説教と言っているのだ。一般人の水準で意訳すると『打ち首獄門』。
自分で言っといてこれは堪える。

「『1時間は説教』って言うとるで」
「それは『市中引き回しの上打ち首獄門』って意味だね」
「とても物騒だね」
「でも自業自得やで」
「悪気はなかったんだよ!」
「悪意がなくても人は傷付くときは傷付くよ」
「ソウデスネ……」

ここに来る前に事情を説明した揃って共感は得られなかった。残念だが当然。
因みに二人には、フランスで荷物を置き引きされて数日連絡を取れなかったことは黙っておいた。ますますバカにされることは間違いない。そうなったときに入江さんにバカにされたら凹む。

「何とか血祭りにならないで済む方法はないものか……」

私がブルブル震えていると、また私の部屋の前が騒がしくなる。

「なまえちゃん出てきた?」
「いや、全くだ」
「そうか……それは残念」
「俺たちも言いたいことあって来てんねんけど」

……この声は。
私はもう一度自分の部屋の前の様子を窺う。
そこには、案の定幸村くんと白石くんがいた。私は思い出した。そう、二人にも申し訳ないことをしでかしていたのである。

「何かしでかしたの?あの2人に?」
「うへっ!?」
「ほーん、図星?」

入江さんと種ヶ島くんに笑顔で聞かれる。あっと言う間に見抜かれた。ぜひ私にもその人の機微を察する能力を分けて欲しいもんだ。
 
「フランス留学が1ヶ月だけだって言ってなくて……」
「1ヶ月前のなまえちゃんほんまにアホやな」

1ヶ月前の私はアホだからこそ、それをカバーするべく今を何とかしなければならないのだ。私はぎゅっと拳を握り締める。何とかしてみせる。

「って言ってもどうするんですか?」
「わっ!?メンタリストいつの間に」

突然話し掛けられてびっくりする。見上げると背の高い、私に引っ掻き回し役を命じたメンタリストだった。私が膝を抱えて地べたに座っているせいで、ますますデカくみえるし、最早ほとんど巨人だ。

「今し方来ました。なまえちゃんのこと、みんなが探してるよ」
「そんなの見りゃ分かるわい……っ!?」

つい大声を出そうとしたのを、三人が人差し指
立てて静粛のサインをする。大声をぐっと飲み込んで、見つかっていないか確認するが無事みたいだ。

「確かにあれだけいれば出て行きづらいですよね」
「齋藤コーチ楽しんでません?」
「そんなことはないですよ入江くん」
「どうしよ、作戦がパーだ」
「作戦とは?」
「引きこもって落ち着くまでやりすごす作戦」
「それは良い作戦なんですかねえ」

でも思いつく作戦といえばそれくらいしかなかったのだよ!糖分なしの脳フル回転では限界がある。とりあえずパフェでも食べて糖分摂取したい……そう思っていると、巨人コーチが何か思いついたらしい。

「ではお手伝いしましょう」
「へ?」
「入江くんの部屋に匿ってもらっては?」

……入江くんの部屋に匿ってもらっては?
私が入江さんを見ると『なるほど』と納得していた。種ヶ島くんは『俺の部屋でよくない?』とか言っていた気がするけど、それなら市中引き回しの方がマシです。


2017/12/30
[ ]