亜久津は通知音を聞いて、スマホの画面を見た。
『メリー』から謎の画像を受信していた。
『私、メリーさん。今あなたの近くにいるの』
誰だ?と思ったが、多分直近のトーク内容から察するになまえだ。『帰りの搭乗券がない!』という今見ても呆れるメッセージがある。
いつもの変な悪戯か、と亜久津はスマホを仕舞った。なまえを相手していると休憩する間もなく時間が過ぎるに決まっている。ベンチに座って、既読だけつけて無視。
再び通知音。
亜久津は一応律儀に目を通す。
『私メリーさん。今、あなたの近くにいるの』
文面に変化なし。そもそもメリーさんってこんな感じじゃねーだろと思いつつ、亜久津は再びスマホを仕舞った。
三度目の通知音。流石にイラついてきてチッと舌打ちしたが、母親かもしれないと一応目を通しておく。
『私メリーさん。今、あなたの近くに(略)』
略したところで、メリーなまえさんと亜久津の距離はあまり縮まらない。亜久津は面倒になってスマホを仕舞うこともしなくなった。ついでに既読をつけることもやめた。
「あれ、亜久津?メリーさんってもしかして彼女?」
「んなわけねーだろ。何勝手に覗き込んでんだテメー」
同じく休憩にやってきた千石が横からスマホを覗く。千石は相手が女らしい、というだけで興味津々である。
「冗談だよ冗談!ねっ、メリーさんどんな子?」
『私、メリーさん。今あなたの(略)』
「……うーん。都市伝説系女子って感じだね」
「こいつはなまえだ」
「えっ!?なまえちゃん!?あのエキセントリックななまえちゃん!?俺ってラッキー!どこ?どこにいるの?」
「相変わらず見境ねーな」
千石は辺りを見渡すが、『って、ここにいるはずないよね』と笑う。また通知音がして、亜久津は呆れた。どうせ次は『私、メリーさん。今(略)』だろう。
『画像を送信しました』
「あ?」
「今までとちょっと違うね」
開くと、ベンチに座る亜久津と立って亜久津の手元を見ている千石の後ろ姿が写されていた。
「え!?」
「何だと!?」
後ろを見るが誰もいない。
さすがに背筋が凍る。
と、すぐに新しくメッセージが入る。
『私、(略)さん。今あなたの(略)』
何故名前を省略した。
一気に二人の背筋が解凍された。色々と突っ込みたいところはあるが、この画像を見るとなまえは本当に近くにいるようだ。この合宿の専属医師はなまえの姉(元兄)である。別にいてもおかしくはない。
『お前ここにいんのか』
『(略)』
『答えを省略するんじゃねーよ。いるならさっさと出てこい』
『ドッキリ成立しなくなるからイヤです』
自分からドッキリをネタばらししてしまっているがなまえは出てこないつもりのようだ。
亜久津がイライラしはじめたのを察したのか、千石が助け舟を出す、
「亜久津、そこは『久々に帰ってきた君の顔が見たい』って言わなきゃ」
「はあ?何で俺がそんなこと言わなきゃなんねーんだよ」
「これはかなり効くよ〜?亜久津が言うからこそ効果があるんだって」
「何で俺が……」
『久々にお前の顔が見てーから早く出てこい』
いやいやながらも亜久津はメッセージを送った。
するとどこからともなく『あっくんがデレたー!』という声がして、ドドドドと力強い足音がこちらに近付いてくる。単純。
「あっくーん!帰ってきたぞあっくーん!」
「うるせえ」
「ぐうっ!?」
現れたなまえは亜久津に抱きつこうとした瞬間に顔面を片手でむぎゅっと掴まれて止められてしまった。まさか本当になまえが出てくるとは。単純もいいところだ。
「わ〜なまえちゃんだ!久しぶり〜!」
「誰?この人」
「知らねぇ。俺に聞くな」
「亜久津はそれ言っちゃいけないよね!?」
顔をさすりながら、なまえは千石の顔を見る。するとハッと思い出したような顔になった。
「せんごく……」
「思い出してくれた!?」
「千石スケキヨくんだ!」
「それは犬神くんだよ!」
「愛島セシル?」
「気持ちは分かるけどね?もう千石も消えたね」
「ていうかあっくん!久々の貴方のなまえにこの仕打ちはないよ!」
「本当にマイペースだねなまえちゃん……そういうところもかわいいけどね……」
亜久津の襟首を掴んでなまえが迫る。亜久津にそれをした瞬間病院送りにされるのは確定なのに、なまえはちっとも臆してない。こんなことできるのはこの世界に数えるほどしかいない。
「あれはコイツから言われた」
「え〜スケキヨくんの入れ知恵なの?はぁー……」
「あからさまに残念そう!」
「メチャメチャ厳しい人がふいにみせた優しさのせいで私舞い上がっちゃったのになぁ〜」
「おいやめろ!何爆弾投下してんだテメー」
「私はデイドリーム・ジェネ……」
「黙れ!」
「うん、そっちの方が好き」
五番目のエンディングが好きらしいなまえは亜久津をからかって遊んでいる。ペースに飲まれていた亜久津は、なんとか本来聞きたかったことを思い出した。
「やっぱりお前のあに……姉貴のせいでここに来たのか?」
「そそ。しばらく一人で家を占領できたはずなのに姉ちゃんの差し金でさ〜」
「姉ちゃん?もしかしてみょうじ先生のこと!?」
「うん」
「俺ってラッキー!先生となまえちゃんの連絡先まとめて教えてよ」
「えー……ていうか千石くん、うちの姉貴は」
「おいそれ以上口を開くな」
「むぐぐぅ!?」
亜久津に口の中に思いっきりタオルを突っ込まれたなまえは苦しみもがきはじめた。女子にそれはないだろうとちょっとびっくりもしたが、そういえば会ったときも二人はこんな感じだったと千石は考え直して、大人しくなまえを救出した。
「くっそ!本当に死ぬところだったぞ!」
「そんなんで死ぬほど柔じゃないだろーが」
「いや〜いくら丈夫だからって窒息はやばいよ亜久津」
『そーだそーだ!』と怒りの声をあげるなまえを、亜久津はちらりと見た。
「いいか、お前の姉貴に絶対あのことは言うなと言われてんだ」
「あのこと?」
「Xデー」
「ああ!でも何で?」
「年下の男にちやほやされたいんだとよ」
「姉ちゃんがこの仕事受けた理由を今理解した。でもさっき高校生二人に話してしまった」
「クソッ!てめーのせいで俺まで疑われたらどうするんだ!」
「ぐええええ!?」
なまえを締め上げて、自然とその手は止まった。「いや止まんないでうぐぐぐ」と苦しそうな
声が聞こえる気もする。
この手になまえを締め上げて、彼女が改めて帰ってきたのだと安堵した。
「こんなんで安堵じないで!ぐるじい!」
「だから窒息はダメだって亜久津!」
亜久津はようやくなまえを地面に下ろした。死の淵を垣間見たなまえはぜえぜえと酸素を取り込もうと必死に呼吸している。
「……なんだかんだ無事に帰って来やがったな」
「お、おう……本当に安堵したんだねあっくん」
「少し髪も伸びたか」
「……」
なまえはしばし沈黙、千石の方を向いて彼に通訳を求めた。そんなことしなくても分かっているはずなのに。
「それはおかえりってことでしょうか?ね、スケキヨくん」
「多分そうだよ、素直じゃないし」
「ふおおおおあっくん!」
亜久津の態度がツンデレと確信したなまえは彼に飛び付いた。ものの数秒前に殺されかけたのも忘れてしまうくらい、久々のデレは嬉しかったらしい。
「ただいまーちはコアラの3月!」
「抱きつくんじゃねーよ!」
「ガーナは100円卸売り!」
「なまえちゃん何その呪文みたいなの……」
高校生たちが『何してるんだ?』『女子がいるぞ』と騒ぐが、3人の耳には全く入らなかった。
2017/12/8
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