フランスから帰国して二日後。
時差ボケを理由に学校をずる休みして、一ヵ月ぶりの学校。久々の学校は特に変わった様子もなくいつも通り。
変わったことといえば三つ。

一つは。

「学校全体がどんよりしてるね。どうも存在感的なものも足りない気がする」
「それいつも通りって言わないんじゃない?」

確かに。
ってあれ、私は何でいつも通りだって思ったんだっけ。多分朝から数学の補習の話で某F先生に追いかけられたせいで昔の感覚に戻っちゃったせいかな。

「ちなみにもう二つは?」
「ワトソンがつがいになってたことと今朝から誰かにつけられてること」
「後者は気のせいとして、ワトソンがリア獣マジなの」
「後者の方も気にして欲しいな。ワトソンはもうびっくりよ。旦那の方にはシャーロックってつけといた。」
「何だと……!?」
「さすが、最近現代版名探偵にハマってるだけあるね。それで、何でこんなにどんよりしまくってんの?」

見たところ悲哀オーラの発生源は女子だ。ほとんどの女子たちが世界滅亡直前みたいな顔をしている。

「アンタ自分の隣の席空いてるでしょ?」
「そだね」

私の席は教室最後列、黒板から見て左から三番目の席である。そして、左端の席と、私とその席との私間は空席だった。
今まで私の隣はジローちゃんと宍戸くんだったのに私がいなくなっている間に最後列に追いやられてしまってて……。

……ん?

「うおおおおジローちゃんと宍戸くん見てない!」
「やっと気付きおったか」


「U17の強化合宿?」
「そう。高校生日本代表候補の合宿。レギュラーは全員参加していてね」
「みんな中学生じゃん」
「今回初めて中学生も招集されたんだよ」

昼休みにようやくタッキーを捕まえた私は、ジローちゃんと宍戸くん……というか男子テニス部全員が合宿に行っているということを聞き出した。不足している存在感的なものは跡部くんはじめテニス部のものだったか。
今いるカフェの女子達もいつもは『ほほほ……』と優雅に笑っているはずなのに、ため息ばかり聞こえる。ひとえにテニス部がいないせいということね。

「俺が残っている理由は聞かないでくれ」
「うん、聞かない。おお〜この新作パフェめっちゃおいしい!む、2ヶ月限定で今月まで!?くうううフランス行かなきゃ良かった」
「……聞かないは聞かないで悲しいな」
「も〜一体どっちなのよ」

中学生が招集、ってことは桔平やちーちゃん、他色んな学校のテニス部のみんなが言ってた合宿もそのU17の合宿ってことか。

「でもなぁ〜U17……どっかで聞いたことがあるぞU17……ツッキーと話している時にも出てきた気がするU17……」
「ツッキーって誰なの?何か俺の渾名に似てるね」
「前はオースチンって名前付けてたんだけど嫌がってね……って、ツッキーのフルネームって何?」
「知らないよ!」
「それよりU17って、本当にどっかで聞いたことがあるんだよなぁ〜ツッキーかもしれんし、あれ?姉ちゃんだったかな」
「まあ、それはいいけど。だから当分みんなは帰ってこないよ」
「そっかあ……」

半年もテニス部のみんなと仲良くしてたせいなのかもしれない。ちょっとだけ寂しい。
ていうか、氷帝のみんなだけ合宿に行くなんて教えてくれなかった。
寂しい気持ちがすぐに怒りに化けた。

「パフェもう一杯!」
「突然怒り出した!?」
「くううう氷帝のみんなだけ合宿に行くなんて一言も言ってなかったよ薄情者どもめーっ!」
「それなまえちゃんが言う?自分だって黙ってフランスに行っちゃったくせに。あとパフェまだ食べるの?」
「黙ってたわけじゃなくて忘れてたっていうか……あとパフェはタッキーのおごりじゃないの?」
「そういう自分勝手な所がいけないんだよ!?」

タッキーに怒られて二杯目を食べるのは諦めることにした。

「そういえば、今日は部室に来る?跡部と監督からは好きに使わせてやれって言われてるよ」
「ほんと?でも当分は遊びに行けないかも」
「へぇ、どうして?何かあったの?」
「家の家事手伝いをね……うちの両親、今仕事で日本にいなくてね。当分帰らないらしいんだ。何してるのか全く知らないんだけど」

こうして食堂でちょっとお高いパフェを食べられるのも無駄遣いを怒るうちのママーン様がいないからだ。残るは兄弟だが、帰ってくる前に兄貴は成績の悪さが祟って氷帝の寮にぶち込まれてしまった。ざまあ。

「姉ちゃんは今は何かの合宿にお呼ばれして出入りしてるらしくてなかなか帰らんらしい……お医者さんって大変大変」
「へー、なまえちゃんのお姉さんってお医者様なの?意外だ」

意外っていうのが、私と照らし合わて言ってるみたいでちょっとイラッとした。


「ちょっとお昼食べ過ぎた……」

重いお腹を抱えて、今日の晩御飯の材料(カレー)を持って夜道を帰っていた。
張り切って安いものをと思って遠くの激安スーパーに行ったら遅くなったし、そもそもお昼にパフェとお弁当とその他諸々のお菓子を食べたら、この時間になってさすがに満腹感が吐き気になってきた……。

「あともう少し……」

家が見えてきて、あと50mくらい。そう思っていると、背後から視線を感じた。しかも、ほんの少しズレて聞こえる足音。

そういえば。
私、今朝『久々に学校に来て変わっていたこと』を三つ挙げたんだっけか。

一、学校の重苦しい空気。
二、ワトソンがリア獣。
三、今朝から誰かに尾行されている。

主に一のせいで三のことすっかり忘れてた。
私は今朝から何者かにつけられているようなのだ。
眠気に苦しんだ通学路も、友鳥夫婦と会っている時も、眠気に負けた数学の授業も、今現在帰り道のこの時も!自意識過剰なだけかもしれんけど!
しかし、一応家まであともう少し。

「ダーッシュ!」

家の玄関まで猛ダッシュ。
ポケットに入れていた鍵を取り出して鍵穴に突っ込む。

「急げ急げ急げ急げ急げ急げ!」

急ぎすぎてガチャガチャやって逆に開けづらかった。私のアホ。
ようやくドアが開いて、すぐに入って鍵2つを締めて更にチェーンで施錠!
するとどっと疲れがわいてきて私は座り込んだ。ていうか荷物こんなに持ってたんだ……人間の火事場の馬鹿力はすごい。

廊下の先のリビングを見ると真っ暗。
何か急に寂しくなってきた。

「こういう時にあっくんいないんだから……テニスやめたって言ってたのに……」

小学生の頃からテニスは美少女転校生というのは変わってない。も〜桔平やちーちゃんだけでなくあっくんやタカさんまで奪っていくとは!

ああ……寂しいし疲れた。
とりあえず晩ご飯。

と、リビングの明かりをつけたら。

「ぎゃああああああ!?」
「みょうじなまえだな?」

黒スーツにグラサンのガタイのイイ男たちがずらり。狭いリビングに20人くらいいた。

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