「俺様をスルーしやがって……よりにもよって忍足にだけ接触しただと?」
「……嫉妬やな」
「何か言ったか?」
「いや、何も言うとらんで」
「せんせー忍足くんが『嫉妬やな』って言ってましたー」
「言うんやない岳人!」

みょうじがこの合宿所にいるらしい。
そう聞いて俺たちは全員でみょうじのと思しき部屋の前で交代で夜中まで張り込みをした。
合宿じゃなきゃ多分一晩中張り込むところだ。というか張り込みというか待ち伏せだ。気分は珍獣を見つけようとする探検隊のそれ。


――しかし、結局みょうじは出てこず、早朝に解散。俺は長太郎と一緒にそのままランニングに出たのだった。

「宍戸、鳳。お前らもランニングか」

そこで、さっきまで一緒にいた跡部に声をかけられた。跡部もランニングをしていたらしい。みょうじの部屋の前では終始イライラしていた跡部も今はもう落ち着いているみたいだ。

「よう跡部。まあさっきまで一緒にいたけどな」
「ああ、みょうじか……。ちょうどいい、そのことでお前らに渡しておくものがある」

そう言って跡部は何かを取り出して俺と長太郎に渡してきた。
金属の冷たさ、ずしりとくる重さ。
これは……。

「なあ……これ、手錠だよな?」
「それ以外の何に見えるんだ?みょうじを見つけたらこれで即拘束しろ」

全然冷静じゃねぇぇ! 
これじゃ出てくるみょうじももっと出てこなくなる。こんな拘束プレイはみょうじは望んでいないはずだ。

「跡部……マジになるのも分かるけどさすがにやりすぎだぜ」
「アーン?機動隊を出さないだけマシだ」
「お前の本気を見誤った俺が悪かった」
「機動隊は流石にやりすぎですもんね」
「長太郎は何で手錠を懐にしまった?」
「念の為ですよ」

隣の長太郎も冷静じゃなかった。
俺の味方はいないのかと周りを見回すと、跡部の背後に走ってくる人影が見える。やっと味方が来た……

「跡部くんおったおった!」
「と思ったら白石……」
「え、宍戸くん何で残念そうなん?」

だってお前絶対俺の味方じゃねーし……。
気を取り直した白石は早朝に似合う爽やかな笑顔で跡部に言いやがった。

「手錠あと5個くらい欲しいんやけどある?」
「チッ……お前にやるのは癪だが、今は四の五の言ってられねぇ。後で渡す」

ほらやっぱりな!
おびえ顔で逃げ回るみょうじの様子がすぐに想像つく。自業自得とはいえ流石に気の毒だ。それにしても跡部、みょうじの部屋で解散してまだ30分も経ってねーぞ!いつの間に手錠を集めやがったんだ。

「つーか白石、5個も手錠貰って何するんだよ!それこそお前の嫌いな無駄だろ!」
「え……愛に無駄とか存在せーへんやろ?」
「いや『何言ってんのコイツ?』みたいな顔するなよ!それ俺が言いてーよ!」
「跡部さん、俺はあと10個くらい欲しいです!」
「貰うなぁぁ!」
「念の為です!」
「念を入れすぎだ!」
「分かった。とりあえず中学生どもには全員配ることにしているからな、まだある」

隣を走り去っていった徳川先輩が、いつもは表情一つ変えないのにドン引きした顔で俺たちを見ていた。俺だけはこの中にカウントされなかったことを祈る……。


結局朝食の時に長太郎と白石は10個も手錠を貰っていた。だからそんなにどうすんだよ?両腕に5個ずつ手錠かけるのか?想像するだけでも激ダサだ……。

「跡部が比嘉中の部屋にジュラルミンケースを持って入っていくのを見たよ。みょうじさんのことだよね」
「比嘉中にもかよ」

部屋に戻ったら準備をする大石に鉢合わせした。事態が更に大事になっていることを大石からの話で察した。
手錠だけでなく金の延べ棒か諭吉も渡していそうだ。跡部は短時間でよくここまでできるな。金持ち怖い。

「2人は仲直りしたって聞いてたのに」
「仲直りはしたんだぜ?跡部は段々と手段選ばなくなってきたっつーか……あ」
「どうしたの?」
「自覚したのか……」

途端に跡部とみょうじが喧嘩してた夏合宿が随分昔のことのように思えた。あの時はまだ跡部にそんな素振りはなかった気がするが。
いつ、どのタイミングで自覚したんだ?
考えながらスポーツドリンクのボトルを開ける。

「跡部が自覚?」
「いや、こんな話するのも気恥ずかしいんだけどよ……」
「それだけで何の話か分かるからいいよ。跡部が自覚かぁ……でもこれから大変かもね」
「何だよ?」
「手塚もみょうじさんのこと気になってるみたいだから……」
「ぶふぉ!!!!?」
「宍戸!?」

スポーツドリンク飲んでる時にそんな衝撃ぶっこんでくんな!とつっこみたいがそれ以上に咽せて何も言えない俺に、大石は謝りながらタオルを渡してきた。

「ごめんごめん、まさかそんなに驚くなんて思ってなかった」
「いや思うだろ!手塚?手塚ってあの手塚?青学の部長のアイツ?手塚?」
「それ以外いないだろ……」
「嘘だろ……」

確かに手塚は、いつか聞いたみょうじのタイプドストライクだけどよ。手塚の『方が』みょうじを気になってるってどうなってるんだ。
零したスポーツドリンクをタオルで拭きながら、つい口をついて出てしまった。

「あいつらの趣味分かんねぇ……」
「それは分かる……」

自分のとこの副部長にも理解を示されてないぞ手塚。

「そうは言っても手塚は無自覚だからなあ。だから手錠を貰わなかったんだし」
「へえ……」

……手錠を貰ったであろう奴らのことを考えると怖い。

「アイツらに捕まる前に俺が先に捕まえてやるか……」
「俺もそうするよ。英二とどっちが先にみょうじさんを捕まえられるか対決することになってるし」
「お前の動機が一番ひどくないか」
「でも俺と英二は何もしないぞ!」
「何もしなくても理由聞いたらみょうじは怒るぜ……ん?あれは」
「乾と柳だね」

俺と大石は練習に行こうとそのまま部屋を出たところで、前方に乾と柳がいた。何やら会話をしている二人に、チームメイトの大石が話しかけに行こうとした時だ。

「おーい、乾……」
「やめておいた方がいいぞ、貞治。流石になまえが可哀想だ」

何の話だ?
しかも乾はよく見ると手錠を持っている。

「みょうじさんは実験体として非常に興味深い……是非とも新作のフルコースを振る舞いたいんだ」
「それはただの拷問では?」

……大石の動機を軽く凌駕するほどの無慈悲かつ残忍な動機が聞こえた気がする。
これなら跡部や幸村に捕まった方がまだマシだ。死ぬ可能性は万に一つもない。
俺が隣の大石を見ると、青白いを通り越した喩えようのない色になっている。
多分俺もこんな激ダサな色をしているに違いない。
そして、俺が思ったことと同じ事を大石が言った。

「やばい……乾以外の誰かに捕まえさせなきゃ」


2018/2/5

ようやく中学生がちらほらと……。
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