「うーん……マハブフダイン」
「……」
U17合宿所102号室。
いつもなら三人の男子高校生がいるのだが、なぜかそこに女子が一人紛れこんでいた。
「……誰だ」
「徳川くん、お疲れ様」
「いや、誰なんです?」
この部屋の住人の徳川が戻ってくるとなぜか自分のベッドを女子が占領している。恐らく自分より年下であろう彼女は枕を抱いて爆睡中である。
一体誰だ?どうしてここに女子が?なぜ俺のベッドで?マハブフダインという寝言は一体何だ?
入江はサックスを手入れしているし、鬼もいつものようにハムスターのかえでちゃんと心温まる交流中。いくら何でも冷静すぎはしないか?
徳川は困惑した。
「みょうじ先生の妹だそうだ」
「みょうじ先生の……妹がどうしてここに」
「諸事情あってね、なまえちゃん起きて。徳川くんが来たよ」
「うーんアーツチェイン……すー」
どんな寝言だ、と徳川は心中でつっこんだ。
なまえというらしい彼女は入江に揺すられても全く起きる気配はない。眉間に皺を寄せただけだ。
「Carchacrok,colère……」
寝言が外国語。恐らくフランス語だ。
全く起きる気配のないなまえに、入江だけでなく鬼も起こそうと試みる。
「みょうじ妹!起きろ」
「うーん……起きる、起きるから……最後にメラゾーマだけ撃たせてアニキィ」
「さっき話した徳川が来たぞ」
「徳川……」
眠そうな目をこすりながら起き上がったなまえは、徳川を見上げる。抱き枕にしていた枕(もちろん徳川の私物)を膝においたままである。徳川は何と言おうか考えあぐねていたが、先に口を開いたのは彼女の方だ。
「おいでませ将軍」
「……ああ」
「何そのやりとり」
なまえも真顔、徳川も真顔だったせいで入江は吹き出した。
これが1番コートの徳川将軍と合宿所の迷い子のファーストコンタクトである。
……曰わく、みょうじ先生の妹、みょうじなまえは氷帝学園の学生らしい。
フランスから帰ってきたら兄は寮に入れられており、家には一人。それを憂いたみょうじ先生が許可を取って妹を合宿所に連れてきた。
そこには自分がフランスに行った時に怒らせてしまった友人がたくさんいて、現在追われる身となっている……ということだ。
「最後は自業自得ではないのか?」
「すんません……」
膝を抱えて落ち込むなまえ。鬼のベッドの縁に移動しても、なぜか未だに徳川の枕を手放さない。何の変哲もないフェザーの枕なのだが、何をそんなに気に入ったのだろうと徳川は不思議でならない。
「確かに、やたらとみょうじ先生の部屋の前に人がいたのを見たが……」
「その隣が私の部屋なんで……」
みょうじ姉妹の部屋の前で中学生たちが筋トレやらストレッチをする光景はなかなかぎょっとするものだ。あれは長時間張るつもりだろう。
「齋藤コーチがここに避難するように言ったんだよ」
「ほんとお世話になります」
「まあ、ゆっくりしていけやなまえ」
鬼が落ち込むなまえの頭を撫でる。なまえの顔がぱあっと明るくなって枕ごと鬼を抱きしめる。だからなぜ枕を手放さない。
「ふぉーん!!アニキィ!ありがとう!この恩は一生忘れない」
「大袈裟だな」
「冬のある日にアニキの所に訪問してきて機織るね」
「古典的な恩返しだね」
「じゃあ猫の国に……」
「いや、それは比較的新しいけど」
「猫の国……?」
真面目に取り合ってはダメだと入江に制される。真面目な徳川には無理な注文だ。なまえは彼にはなかなか理解しにくい人間性のようだ。
「しかし、今夜はどうするか……」
「どうしたんですか?」
「まさかもう一人来るとは思っていなかったからな。どう寝る?」
男3人、ベッド4つ。とはいいつつ、空いているベッドには敷き布団すらない。
そこに女子1人が飛び入りしてきたのである。
「今布団が足りないみたいだからね」
「私は居候だからどこでもいいよ」
「まさか、女の子を適当に寝させるわけにはいかないよ。ね、徳川くん」
「そうですね」
「でもみんなは練習で疲れてるんだし……私は今日種ヶ島くんとナインボットワンで走り回っただけだし。それに私どこでも寝れるよ」
「そうは言うがなぁ」
「学校の押し入れでも余裕で眠れた」
『眠れる』ではなく『眠れた』。つまり学校の押し入れ就寝を経験済みということらしい。みょうじ姉ことみょうじ先生もエキセントリックな性格だが、その妹であるみょうじ妹もかなりのものである。
しかし、そんな女子でも女子は女子なのだから、自分たちがいるときに、猫型ロボットみたいな真似もとい押し入れなどに寝かせるわけにはいかない。
「俺が譲る。このベッドを使え」
「アニキ!?だめだよ!私が意地でも押し入れに行く!」
「だがな」
「だったら一緒に寝よう!?それでいいよね?」
「俺とだと狭いぞ」
「じゃあ俺と一緒に寝る?」
「!?」
入江に声をかけられるとなまえは鬼の背中に引っ込む。どうしたと鬼が後ろに隠れたなまえの様子を伺う。なまえが鬼に耳打ちして、鬼がばつが悪そうに口を開いた。
「あー、入江はドキドキするから無理らしい。メガネがダメって何だ?なまえ」
「だってメガネはドキドキする!」
「理由になってな……」
鬼が呆れていいかけたところで、ちゃっちゃーん、と軍歌のようなメロディーが部屋に流れ出す。なまえがパーカーのポケットからスマホを取り出して、苦虫を噛み潰したような顔をして、渋々電話に出た。
「おかけになった電話は現在使われておりません」
「寝るところに困っとるんやろ?なまえちゃん」
「電話かける必要ないじゃんバカなの?」
なまえが電話に出るのと同時に種ヶ島が部屋に入ってきた。ますます場が混沌としてきたと徳川は遠い目をする。こんなに騒がしい夜もそうない。早く寝かせてくれと真に願った。
「聞こえとったでー。お兄さんの部屋に来て一緒に寝よ」
「絶対やだ。だったら森で寝るわい」
「俺より森の方が安全なの!?でも入江もダメなんやろ?だったら……」
鬼、入江が自分の方に視線を移した。
案の定、その視線は『こいつならいける』と期待を語っていた。
「……俺ですか?」
「なまえちゃんかて徳川より俺がええやろ?」
なまえも徳川を見る。
『助けて』『お願い』他キラキラした視線を送っている。彼女の腕には人質ならぬ枕質。
徳川はため息をついて瞑目する。
「分かりました……」
「将軍ありがとう!」
「将軍はやめてくれ」
数日なら、何とかなるだろう。
枕を持ってこちらのベッドにダイブしてくるなまえ。合宿所に来て女子と一緒に寝ることになるとは思いもよらなかった。
しかし、それ以上に徳川は早く枕を取り戻して眠りたかったのだった。
「入江がサックスば吹いとったな……!?」
「流石に耳栓買わんといかんね……!?」
翌朝、そんなやりとりがあったことをつゆも知らない鷲尾と鈴木が洗面所に行ったら。
「みょうじ妹と……徳川!?」
そこにはなまえと徳川がいた。なまえは2人が入ってきたことに全く気付いていない。徳川の方は気付いて挨拶する。
「おはようございます」
「お、おはよう」
「何なんこの組み合わせ?」
なまえの方は歯磨きしているが、徳川の方は何もしていない。腕組みをして、壁にもたれている。徳川はなまえを待っているのか?
昨日も昨日で衝撃だが、今日も今日で衝撃である。
「ん、おはよ。シュンシンくん、小林くん」
口をゆすいだ後、なまえがようやく二人の存在に気付いた。その目の下にはうっすらクマが見える。挨拶も歯磨きをしたのに眠そうだ。
「おはよ……じゃなかばい!」
「こんにちは?」
「違う違う!」
「Bonjour?」
「言語の問題でもなか!」
「じゃあ何ね?」
訳分からん奴らめ、みたいな顔をしているがそれはこちらの感想である。ますます訳が分からないのはここに徳川が入ってきたことだ。
やっぱりお前なまえ待ちだったとか。
意外すぎる組み合わせにしばし思考が停止する。
「知り合いなのか?」
「兄ちゃんの中学時代の同級生なんだよ」
「なるほどな」
「いや待って……お前ら知り合いだったん?」
「うん。昨日の夜に知り合ったばっかだけどね」
「短っ!?」
まだ半日も経過してない。
鷲尾と鈴木は昨日に続いてここに来た目的がすっかりと抜け落ちていた。ただただ二人を目の前にして固まっている。
「なまえ、朝食に行くんだろう?」
「うん、その前にちょっと自分の部屋に戻る。さっき見たら誰もいなかったし」
「俺も行こう」
「いいよ、カズヤくん練習行くんだよね?」
「少し時間がある」
「わざわざ起こしに来てくれたりありがたいけど、そんなに気を使わなくてもいいのに」
なまえ。
カズヤくん。
二人が名前で呼び合っている。呼び名が鷲尾と鈴木の心を疑問で引っ掻き回す。
なまえと徳川は二人で並んで洗面所を出て行く。本当に半日も経ってない男女の関係なのか?と問いただしたいが、まさか徳川に限ってそんなことはないだろう。何よりなまえがなまえで、姉(元兄)と違って色気もへったくれもない。
「徳川って妹萌えなん……?分からんわ」
「そりゃあ熟女好きの鷲尾には分からんばい」
鷲尾と鈴木は廊下を談笑しながら歩いていく二人の後ろ姿を見送った。
2018/2/1
高校生の中では徳川くん最推しです。あと一人いますが。
あと同郷だからか鷲尾鈴木ペアも好きなんです。いや〜彼らにもスポットを当ててほしいですよね。その辺スピンオフでもありがたいので公式から出てくれるのをお願い申しあげたい……。
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