「当ててあげようか?」

一週間と三日を過ぎた辺りで、とうとう僕はちょっと意地悪したい気持ちを抑えられなくなった。

「不二、急に何だ?」
「本当は分かってるくせに」

手塚はふとした時にカレンダーの日付を見ることが増えた。生徒会長のデスクの上にある、猫が写った卓上カレンダーから、壁にかかっているタクシー会社の粗品のカレンダー。どちらも行事なんて書いてなくて真っ白なのに。

「あと三週間だね」
「話が見えない」
「君が熱心にカレンダーを見てる理由のことさ」
「あーそういうことだったのか」
「……」

僕の前に座っていた大石も納得したようだった。手塚も初めは分からないふりをしていたけれど、二人相手に黙り込む作戦に切り替えたようだ。

「それで一週間経ったけどなまえちゃんから連絡はあった?」
「……忙しいんだろう」

僕の聞くところによると、なまえちゃんはフランスに発つ時にあろうことか同じ学校であるはずの跡部たちに何も告げず、更には三日も連絡をよこさなかったという。なまえちゃんには未練や愛惜などというものがすっかり抜けて落ちてしまっているんじゃないんだろうか……怖い子だなあ。
こうして待っている手塚のことまで忘れていそうで心配になる。手塚には自分の気持ちに自覚がないから、もっと漠然と不安に思っていそうだ。

「なまえちゃんは困った子だね。手塚はこんなに寂しがってるのに」
「寂しがっているわけじゃない。心配はしている」
「手塚から連絡したらどうだ?」
「いや、いい」
「どうしてそんなに遠慮するのかな」
「……」

手塚は黙り込んだ。もう一度カレンダーを見つめている。これは何か話すのに不都合なことが起きたに違いない。今度は僕が当てる前に手塚が先に口を開いた。

「最初の一回は連絡がついたが……切られる」
「えっ」
「まさか電話を?」
「電話をしても切られる」

思わず大石と顔を見合わせてしまった。

「というよりいつかけても通話中で切れる」
「それまさか……」

まさか着信拒否?
だとしたら手塚はどうしてそんなに冷静なんだ。

「時間は見計らっているが先週からずっと切られている」
「どうしてそんな大事なことを……!呑気にカレンダー見ている場合じゃないよ手塚!」
「『忙しいんだろう』じゃ済まされないぞ手塚!一体何をしたんだ!?」
「身に覚えはない」

タイミング悪くチャイムが鳴る。手塚はこの後すぐ先生と会う約束をしていたはずだ。手塚は猫の卓上カレンダーを伏せて席を立った。どうせ帰ってきたらカレンダーを立てて見つめるくせに。

「みょうじさんには何か事情があるのだとは思うが。少し出てくる」

やっぱり、いつもの手塚だ。

「……いつもの手塚だ」

大石も同じ感想を漏らしていた。
バタンとドアが閉まって、僕は手に持っていた写真を一度机に置いた。大石も持っていた書類を全部机に置いた。

「あの2人に一体何が!?いろいろと秒読みじゃなかった!?」

「肝試しで手まで繋いでいたのに、ここにきて破局だなんて許し難い。僕は絶対に許さない」
「不二はこの前から二人のこと応援してるからなぁ」
「僕は手塚の結婚式で友人代表スピーチをやるのが夢なんだ」
「えっ何その夢!?」
「大石にも譲らないよ」
「えええ今それを言われても」
「僕の友人代表スピーチにかけてあの二人を今別れさせるわけにはいかないんだ」
「まだあの2人付き合ってないんじゃ」

手塚がなまえちゃんに何かしたのだろうか?
二人が最後に直接会ったのはコンクール後、喫茶店で一緒にお茶をした時、と手塚から聞いているし、ついに二人がデート(に類する行動)!と青学テニス部でも話題になった。

「さっきは手塚が何かしたのかって思ったけど……」
「俺もそう聞いたけど、どうも手塚が何かやらかすなんて考えられないよな。いくら恋愛経験が古典映画レベルとはいえ……」

なまえちゃんの間抜けで恐ろしい笑い声が聞こえた気がした。

「奇行種みょうじなまえ……」
「精神構造も複雑怪奇で愛惜や未練もない……」
「なんかこれだけ言うとなまえちゃんがサイコパスみたいだけど、なまえちゃんの気持ちに何か変化があったんだろうね」
「それはつまり……向こうで手塚以上の男ができたとか?」

……ありうる。
僕たちの間に緊張が走った。

「切り替えの早いなまえちゃんのこと……かっこいいメガネパリジャンに心変わりしているのかも……」
「大石〜!乾がまた乾汁を味見させよ……って2人ともどうしたの?」
「もう既に飲んだ後とか?」
「いや、俺はまだ何もしていないぞ」

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