なまえがフランスに行った。
そのなまえが無意識に仕掛けた国際通話料のトラップを恐れない跡部は電話を掛け続けるが一向に出なかった。
初めは黙って行ってしまったなまえに説教してやろうと意気込み、怒りながら電話を掛けていた。が、これが一向に出ないのだ。それどころかブチッと電話が切れたことすらあった。つられて跡部もブチッとお怒りになったのは言うまでもない。
手が離せない時は誰かが代理をし、初日は計40回の発信。
2日目も出なかった。
この日は前日比+10回の発信。
そして、なまえが出発してから3日が経過した。とっくの昔にフランスに到着しているはずのなまえからは一向に応答もないし向こうからの連絡もない。
今日も跡部は食堂のど真ん中を陣取り、座った目で電話を掛ける。その場の人々の注目が自然と集まる。
電話をかけるのは本日33回目のことであった。
「気付いたら跡部はいつも電話かけてるな」
「根気強いですね……はあ、なまえさん大丈夫かなぁ?」
「大丈夫だろ。みょうじだぜ?」
『お掛けになった電話は……』
「チッ」
盛大な舌打ちと共に跡部は電話を切り、間髪入れずに再び電話をかけ始めた。誰一人話しかける余地がなく、様子を窺っていた人々の注目も他へとそれた。
「それに便りがないのは元気な証拠っていうだろ」
「寧ろ薄情の証拠やなぁ」
「みょうじ!」
跡部がみょうじの名前を呼んだ瞬間、『えっみょうじ?』と再び周囲の注目が集まった。
「おいなまえか!?」
「つながったの!?」
ぞろぞろとテニス部が集まり跡部のスマホに耳を傾ける。できれば直接、聞きたいこと、言いたいことがたくさんある。
電話口のなまえの第一声は……。
『ボンジュー跡部くん!夏休みの宿題は提出したかね?』
「切るぞ」
『待って待って待って待って!』
心配をかけたという反省の色すら見せない呑気なものだった。
「テメー……人を散々心配させといてその態度は何だ?俺様がどれだけ電話したと思ってる?」
『ちゃんと履歴見たよ。それにはちゃんと訳が……』
「跡部それ貸してや。ほんまやでなまえちゃん何考えとんねん」
「侑士それ寄越せ!なまえ!絶対許さねーからな!」
『えっ待って待って忍足くん?がっくん?今誰が喋って』
「岳人次貸せ!みょうじ!宿題提出してフランス行ったんだろうな!?」
『郵送で提出しました……それで訳を』
「宍戸さん俺にも!なまえさんの声だ良かったぁ……元気そうですね!」
「俺にも貸して!なまえちゃん罰として帰ってきたらムースポッキー10箱分ね!」
『やあチョタくん元気、ってジローちゃんか。ムースポッキーは高いからせめて普通のポッキーで手を……いやいやそれよりも訳を』
「なまえさん。この前言い損ねたんですがフランスのお土産は周囲のアドバイスをしっかり聞いた上で実用性のあるものをお願いします」
『この前何でも良いって言ったじゃん!それよりさ』
「……ウス」
『話を聞いてくれそうなの樺地くんだけだね』
樺地がスピーカーのボタンを押し、なまえの声がその場に届く。全員がいないはずのなまえを囲むようにしてスマホを囲んだ。
「俺様が言いたいことは分かるよなみょうじ?」
『ちゃんと宿題提出したよ?とか?』
「地元警察に拘束させて日本に強制送還だ」
『ごめん今のは忘れてください』
なまえは跡部と喧嘩した時の空気を察知したようで、むやみやたらに発言するのをやめた。今のは自分に否があることはちゃんと理解しているらしい。
「おいなまえ!なんで何も言わずにフランスに行ったんだよ!?」
『そこの部分は弁明の余地がない。忘れてました』
「そこはちょっとでも弁明した方がええで」
『ええ〜何それ』
なまえの機を見誤る才能は人一倍だ。正直でいることを変なところで発揮する。
「それならなまえちゃん、何で電話に出なかったのー?」
『それにはちゃんとした理由があるよ!あのね』
「待て」
『え』
言いかけたところを跡部が制止した。なまえには見えない不敵な笑顔を見たその場の全員がなまえに心の中で合掌したり十字を切った。
「弁明したいなら俺様の許可を得てからにしろ」
『許可?』
「『申し開きさせてください跡部様』くらい言え」
え、これ何のプレイ?となまえ以下関係者と目撃者は思った。
『跡部くん怒りすぎて我を失ってる?』
「せやな。ごめんななまえちゃん」
「あとでちゃんと掛け直すぜ」
「止めるな宍戸!俺様が上だということをみょうじの頭に叩き込まなきゃならねぇ。躾だ躾」
「うーんなんか跡部ブリーダーみたい」
『私は犬かよ。そんなこと絶対言わないからね……』
「躾られるくらい賢い動物だったら苦労しねーよ」
『おいがっくん今何て言った!?』
「落ち着いてください二人とも」
暴れる向日を日吉が抑えて、絶対跡部に申し開きをお願いしないであろうなまえを後輩たちが説得にかかった。なまえは後輩にはどうしても弱い。
「ここはなまえさんが折れてください。前みたいにこじれたら大変ですよ」
『ええーそうかなあ……』
「ウス」
『でもあのセリフはないわ』
「それは俺も同意です。でも、なまえさんここは一つお願いします!」
「ウス」
「善は急げというでしょなまえさん」
『若くんまでそういうことを……仕方ないなあ。跡部様跡部様』
「何だ?」
何だ?じゃねーよ全くもう……と小声で毒づくのが聞こえたが、後輩のお願いを無碍にはできずに跡部のお願いも結局は無碍にできなかった。そして、なまえも渋々お願いする。
『申し開きさせて……』
「俺様はドラえもんと話してる訳じゃねえ」
『くー!申し開きさせてください跡部様!お願いします』
「ふん、今回は特別に許してやろうじゃねーの」
「見てはならないものを見た気がするのは俺だけ?」
「大丈夫です宍戸さん。俺もです」
『今の他に誰か聞いてたらもう絶対一生日本に帰らない……』
流石の跡部も食堂にいる生徒全員が聞いていたと教えるのはやめた。
「それでなまえちゃんどうして連絡してくれなかったの?」
『それがさあ、お土産のお化けの金太を置き引きされたんだよ。ついでにスマホと財布もやられた』
置き引き。
曰わく空港の電光掲示板のフランス語を全く読めないなりに頑張って読もうと集中していたら荷物をまるごと盗まれたそうだ。
『お化けの金太がさぞやもの珍しかったんだろうね』
「いや絶対違うと思うぞ」
『そんなわけで連絡ずっと取れなかったんだ』
「冗談半分とはいえ注意したのに」
『ちょっと油断しただけだから!向こうはプロ?だよ。油断につけいるのがプロだよ』
「そのつけいる隙を与えるなっていう意味で注意したんです」
こちらが怒りながらも心配していたというのに呑気に置き引き被害を報告してくるなまえに呆れを通り越して安心するしかなかった。なまえは軽快な口調で話を続ける。
『さっきカバンが警察から帰ってきたんだ。めっちゃ着信鳴るから警察の人もびっくりしてたよ。1日で発着信履歴が全部更新されるんだもん。ひっきりなしにかかる電話のおかげでフランス警察にストーカー被害の相談窓口勧められたぞ』
「でも、それくらい俺も、みんなも心配していたんですよ?」
電話口からは何も聞こえてこない。
さすがに心配かけたことは反省しているようだ。
「反省したか……全く」
『ドン!ガシャン!ドドドド……』
「そういうわけじゃなさそうですが」
『本棚倒しちゃった』
「今どこで何をしとんねん」
『あるところでいろいろ。
でも、みんな心配かけてごめんね。黙って行っちゃったのもごめん。反省してる』
ようやくなまえから謝罪の言葉を聞けて、全員煮え切らないが怒りは一応収まる。あっさり非を認めて謝るのを見ると、跡部の一件を経て随分成長したようだ。
「分かったらならいい。定期的に連絡してこいよ」
『忘れないように努力する』
「……いや、やはりこちらから連絡する」
「名案ですね」
『ガチャガチャガチャ!パキッ!』
「だから何してんだよなまえ」
『ドアノブ折っちゃって部屋に閉じ込められた……』
「……今週末にでもフランスに行くか」
『今週末とは言わず今すぐ助けにきてください跡部様!』
氷帝テニス部の手を離れたなまえがフランスで何かやらかさないか……なまえと連絡がとれても不安はついに解消されることはなかった。
2016/11/14
なんかすごい軽い気持ちで書きました。
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