新学期早々、ジローと俺の間の席のみょうじは不在だった。

「なまえちゃん来てないなんて珍C〜」
「新学期早々何やってんだアイツは」

みょうじがいないとジローの顔がよく見える。いつもクラスではみょうじ越しに見ているから変な感じだ。

「何かあったのかな?」
「大方夏休みの宿題が終わらなくて家から出たくないとか……」

夏休み終了2日前に遊園地で跡部と仲直りをするのと引き換えに宿題は終わらなかった……十分ありうる。

「席につけー。点呼するぞ〜」

やってきた担任の一言で不在のみょうじ以外全員が着席する。それを確認して担任の点呼が始まった。


……あれ?みょうじの名前が呼ばれてねえ。
ここにいないことに関してもノーリアクションなのが不思議だ。クラス全員が思ったに違いない。俺が聞くより先に他のクラスメートが質問した。

「先生!きこ……みょうじさんはどうしたんですか?」
「ああ、きこ……みょうじか」

生徒はまだしも先生まで奇行種って呼ぼうとしたな。

「みょうじは昨日から1ヶ月フランスに短期留学だ」
「は?」
「Aー!!!」

1ヶ月フランス留学。

1ヶ月、フランス、留学。

……おいそんなこと一言も聞いてねーぞ!
学校にいないどころか日本国内にもいねーじゃねーか!

「なまえちゃんフランスに!?何で何で!?」
「なんでも夏休み中に決めたそうだ。あいつは何をするにも突然思い付くからな……変に実行力あるし」
「そんなの聞いてないC!!宍戸は聞いてた!?」
「いや知らねーよ!」
「先生も今日聞いたぞー」

担任も今日聞いたって、おい。この調子ならテニス部全員知らないだろ。新学期早々とんでもない爆弾を投下して、更にはみょうじ自身はフランスに高飛びとは……ある意味完全犯罪だ。

「知ってた!?」
「私は聞いていたけど」

ジローが聞きまわった結果、知ってたのはみょうじと仲良しな友達だけだった。

「みょうじ……」
「なまえちゃんひどいC!黙って行っちゃうなんて!」

ジローの言う通りだ。(大方伝え忘れただけだろうが)俺たちに何も言わず1人悠々とフランスに留学だなんて薄情な奴だ。あと多分しれっと夏休みの宿題回避しているな。



『なまえちゃん1ヶ月間フランスに留学しちゃって学校に来ないんだって(´;ω;`)ブワッ』

『昼休み、部室に集合だ』

というジローのラインは瞬く間に既読があっという間につき昼休みに緊急ミーティングが招集された。
行けば案の定、部室は阿鼻叫喚だった。

「ひどいですなまえさん……」
「クソクソッ!アイツ絶対許さねー!」
「大方伝え忘れただけやろ」

忍足とは同意見だ。
部室では落ち込んでいる長太郎やら、忍足に八つ当たりをしかける岳人。それに俺が連れてきた珍しくご機嫌斜めなジローも加わった。

「……」

それと跡部がここ数年で一番怒りを溜め込んでいる。せっかく仲直りしたと思ったのにこれかよ!樺地もパッと見は分からないが跡部の様子に動揺している。

ただ跡部以上に異様な奴が1人。
日吉だ。
いつもなら真っ先に怒り出しているはずなのになぜか落ち着き払っている。もしかして怒りを通り越して悟りを開き始めたのか!?

「……全員揃ったな」

跡部が口を開いた。重苦しさでいえば、このミーティングは5本の指に入る。議題はテニス関係ないけど。

「まず初めにだ。
この中でみょうじがフランスに留学するというのを直接あの女から聞いた奴はいるか?」

……くっ、沈黙がキツイ。
やっぱり誰もいないのか……だが一人だけいたらそれはそれでキツイと思う奴がこの中にいるのは確かだ。それも複数名。

「……俺様は幸村と白石と手塚に連絡を取った。樺地」
「ウス」

おい跡部!それ結構やっちゃいけないことだと思うぞ!そう言いたかったがやめた。もう遅かった。
跡部の背後にスクリーンが出てきて、プロジェクターがマズい事実を映し出す。自殺行為も大掛かりとかやめてくれ!


Q.みょうじからフランスに1ヶ月留学するという話を聞いていたか?また、テニス部全員がそれを知っているのか?

A.幸村
『俺は柳から聞いたよ。だからうちは全員知ってる。でも、1ヶ月?それは知らなかったな。もうずっと帰って来ないと思っていたから良かった。ところで、そんな質問してくるなんてどうしたの?もしかして留学の話を知らなかったの?そんなわけないか(笑)』

そんなわけないか(笑)に悪意を感じる。安堵と優越感に浸りながら書いた返信だろう。


A.白石
『俺は千歳経由で聞いたで。全員知っとる。でも長いなぁ〜。同じ地球上におってもやっぱり近くにいてほしいって思うのは俺の我儘なんかな?せや、何でそんなこと聞くん?もしかして全然聞かされてへんかったとか?いやー……だとしたらほんま同情する』

白石の同情すら今の俺たちには何の効果もない……。

A.手塚
『みょうじさんから直接聞いた。その時には応援していると伝えた。それと、うちには河村もいるから全員が知っていると思う』
『なぜそれを俺に聞く?』
『まさかとは思うが聞かされていなかったのか?』

手塚!何で一言目だけで踏み留まらなかったんだよ!悪意が無い分一番たちが悪い……つーか手塚は直接聞いてたのかよ。

「この通りだ」
「これはなぁー……なまえちゃんのことやし悪意はないんやろ」
「でも悪意はなくてもへこみます……」
「なまえさんは『全員テニス部のくくりで考えてたから伝えたつもりになってた』とか言ってましたよ」
「はあ?何だよそれ!なまえの奴……!」
「なまえちゃんらしいっちゅーか……ん?何で日吉は知ってんねん?」

全員が日吉に注目する。

「俺は昨日切原に聞かされて何とか出発直前になまえさんに会えましたから。その時にそう弁明してましたよ」
「ちょっと日吉!何でなまえちゃんのこと教えてくれなかったのー!?」
「俺も慌てていたので」

日吉が余裕だったのはなまえに会っていたからか、なるほどな。しかし、日吉だけは納得がいっても他の置いてけぼりを食らった数名は怒りと悲しみが尽きないらしく、岳人はなまえに電話を掛け始めた。

「くっそアイツめ!今から電話かけてやる!」
「当分出ないんじゃないか?」
「よし、出たら俺様にも代われ」
「俺にも代わってください!」
「うわ〜……みょうじ絶対出ないだろこれ」
「待てや岳人!お前なまえちゃんとケータイ会社違うやろ」
「それがどうした!」
「今なまえちゃんどこにおるか知らへんけど国際電話めっちゃ高いで」

なまえは一部ケータイ会社の違う人間に無意識にトラップカードを仕込んでいた……。

2016/10/29修正
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