☆2015年のバレンタイン企画だったやつ

昔々、ある王国になまえちゃんという小さな音楽家の女の子が住んでいました。
なまえちゃんの住む国は数年前、どこからかやってきた常勝、無敵の魔王に征服されてしまったのですが、なまえちゃんは国の端のド田舎に住んでいたので特に困ったこともなく静かに暮らしていました。
なまえちゃんは見目こそごく普通でしたが、才能に溢れ、何よりもとてもエキセントリックで愛嬌のある女の子でした。

しかし、ちょうど一年前でしょうか。
そんななまえちゃんは静かで穏やかな毎日過ごすことができなくなってしまったのです。

それは、不穏な曇り空の午後のことでした。
小さな赤い屋根のお家に帰る途中で、倒れている人を見つけたなまえちゃん。

彼は羊の角を持った、姿形を見ても、正真正銘の魔物。けれども彼は高貴な身なりをしていたので、
「これは謝礼を期待できるぞ」と下心を抱いて彼を介抱したのでした。
なまえちゃんは根っからの芸術家ですが、どこか即物的で可愛くない一面も持ち合わせていました。


「悪魔さん大丈夫?」
「ありがとう、もう大丈夫だ」
「良かった!」

なまえちゃんの為にフォローしておくと、倒れている彼を心配していたのは本当のことです。なまえちゃんはすっかり良くなった様子の悪の風貌をした彼を見て、ほっとしました。

「君の名前は?」
「私の名前はなまえ。この小さな赤い屋根の音楽家なの!」
「そうなんだ。俺は精市。この国を支配する魔王だよ」
「へぇ!魔王なんだ!二年前くらいにこの国を攻め落としたってニュースになってた…え?魔王?」
「うん。俺、魔王」
「なん…だと…!?」

何ということでしょう!なまえちゃんの拾った悪魔はちょっと金持ちそうな悪魔どころではなく、本物の魔王だったのです!
こちらを見て微笑む彼は、確かに笑っているようなのにおどろおどろしいオーラを纏っています。

「ひいいいい命だけは!」
「俺は君に命を救われたのに、そんな恩を仇で返すようなことはしないよ。何か褒美を遣わそうと思うのだけど…」

といっても、魔王は跪くなまえちゃんをベッドの上から見下し上機嫌です。しかし、お召しになっているものが、クマさん柄のパジャマではちょっと様にはなっていないような気もします。


「いえいえ、滅相もございません」

なんだ、ご褒美くれるのか。
なまえちゃんは内心ガッツポーズです。
ちょっとニヤけたなまえちゃんに、魔王はニコニコしながら言います。

「なまえちゃん、俺のお嫁さんになりなよ」
「は?」

なまえちゃんは突飛な展開に呆然としています。なまえちゃんは、
「俺のお嫁さんになりなよ」という魔王の言葉を反芻すると、うおおと狼狽えたのでした。

「冗談だと仰って魔王様!あなたの気まぐれなお戯れだと仰ってください!」
「気まぐれでプロポーズすると思うかい?」
「丁重にお断りさせていただきます」
「それこそ冗談だよね?」
「気まぐれで断ると思いますか?」
「へぇ…俺のプロポーズを断ったのは君が初めてだ」

魔王は大変な美少年です。彼にプロポーズされて断る方が可笑しいのでしょう。ただ、なまえちゃんのタイプは大人の余裕ある知的イケメン。腹黒なんて断固お断りです。

「それでしたら奥様も沢山いるんでしょう?それともやっぱり溢れる魔力だけじゃなくて精力も抑えられない感じなんですか?」
「ふふ、なまえちゃん失礼だね。そういう所も気に入ったよ。俺は独身だよ。今まで気まぐれでプロポーズしてたけどなまえちゃんに関しては本気だよ」
「ちょっ、お前さっき気まぐれでプロポーズすると思うかい?って言ってたじゃん!」

しかし魔王様は本気だったのです。
なまえちゃんは思い出していました。
このぽっと出の魔王によって数年前滅ぼされた日を…正確には国が滅ぼされたと知った先月のある日を…遅れネットひどすぎアニメかよと思ったあの日を…。


「なまえちゃん、君が逃げても全力で追いかけるからね」

あっ、終わった…。

とある田舎の小さな休日、また魔王の手によって小さな絶望が生まれたのでした。


×*×