生まれて初めて怪文書を手に入れた。
先週占い学で俺様を占ったと報告してきたジローを思い出す……確か『いつもと違うことをすれば何かが起きるかも!』とか言っていた。占いなんて不確かなものは信じちゃいないが、魔法薬学の教室で俺様がいつも座ってる席と別のところを選んだらそうなった。

『hANd thIs ovEr to Me,pleASe』

新聞の大文字・小文字を切り貼りするのは、いつかマグルの本で読んだ手口だ。ご丁寧に数字を切り貼りして日付も記してある。ちょうど一週間前だ。
裏を返すと未完成の短い曲。『正直な嘘つき』と銘打たれている。それとタイトルの横には……これは悪魔が生け贄でも食べてる絵か?
未完成の曲を見たときに俺の頭にはこの怪文書よりも奇々怪々な女の顔が思い浮かんだ。


「糖蜜パイ美味しい〜」

奇々怪々女ことみょうじなまえは他寮の糖蜜パイに堂々と手を出していた。しかも両手でパイを持って食べているのがネズミにしか見えねえ。

「これちょっと味変わったよね。蜂蜜を変えたのかな?」
「同じことちょうど先週も言ってただろ」
「おっ、跡部くんお邪魔してまーす」
「えらい遅かったなぁ」

俺様はみょうじと忍足の前の席に座ると楽譜(+怪文書)を目の前につきつけてやった。

「これお前のか?」
「ん〜?」
「何や?楽譜?……いや怪文書か?」
「タイトルも変だね〜。『正直な嘘吐き』って」
「お前が言うか?」

みょうじはパイを頬張りながら楽譜をじっと見る。ネズミみたいに膨らんだ頬をスッキリさせてから、こいつは思いがけないことをのたまわった。

「違うよ、これ私のじゃない」
「お前のその大好きなパイに真実薬仕込むぞ」
「いやマジだって!第一私の楽譜は……もぐもぐ」
「せめて話し終わってから食え」

近頃見かければ糖蜜パイばっかり食ってやがるみょうじは、もぐもぐ口を動かしながら鞄から自分の楽譜を取り出した。

「私の楽譜はそんなに躾ができてないもん」

見せられたみょうじの楽譜の上の音符は五線譜の上をせわしなく動き回っている。中には五線譜から出て羊皮紙の端から出ようとしている奴もいる……確かにみょうじの楽譜は躾がなってない。

「なまえちゃんの楽譜っていつもそうやな」
「ですのでそれ私のじゃないです〜。あとこのタイトル横の絵って何?」
「生け贄を貪る悪魔ちゃうん?」
「なるほど」
「……」
「ん?跡部くんどうしたの?」
「……何でもねえ」
「跡部くん」

みょうじが呼ぶのも無視して、俺は楽譜を持ってその場を後にする。
……何だ?このすっきりしない気持ちは。
俺様の中でみょうじだという確信があっただけに期待外れで落ち込んでるのか?くそ、誰か知らないがこの楽譜を置いていった奴の顔が拝みてえ。
……そこで何でみょうじの顔が浮かぶ?


「跡部くん、その楽譜の持ち主見つかった?」

魔法薬学の授業に先んじて教室でぴくりとも動かない楽譜を見ていたらみょうじが来た。後ろから興味津々で譜面を目で追っている。

「気になんのか?」
「やっぱり楽譜だといち音楽家の血が騒ぐといいますか」

みょうじは数日前と同じ様子だった。糖蜜パイを両手に持って、相変わらず嘘を吐いているようには見えない。そんなコイツを見ると俺の手元の楽譜が途端に価値のないものに思えてくる。

「これの持ち主は一体何を考えてんだか」
「うーん」

みょうじは隣に座る。魔法薬の匂いよりみょうじからする砂糖と蜜の甘ったるそうな匂いが強い。

「運命の相手でも探してるんじゃない」
「お前らしくもねえ。道に落ちてた糖蜜パイでも食ったか?」
「これは白石くんから貰ったの!」

だったら糖分で頭をやられてるな。

「もし運命の相手を探してるんだったら、相手が跡部くんだって知ったらびっくりするかな……いやこれ書いたのが男なら……」
「お前がこれの持ち主として俺様がこれを持ってきたらどうする?」
「その楽譜完成させるかな」
「テメェ……」
「でも何で未完成の楽譜なんだろ。やっぱり考えてることいまいち分からんね」
「お前が言えたことじゃねぇ。似たようなモンだろ」
「じゃあ私と似てる人がこの学校にいるのかもね」

みょうじと似た奴。そいつが本当にいたとして、俺様が運命の相手だって?
怪文書が無価値の0からマイナスにふれだしたように思える。どちらにしろムシャクシャしてきた。この『正直な嘘吐き女』は一体何を考えている?
訳の分からん女ならみょうじで俺様は既に手一杯だ。
みょうじが、いい。

「……」
「おーい跡部くん」
「正直な嘘つき、か」
「おう」
「『これを手渡して下さい』って誰に向かって言ってやがる」
「ソウデスネアトベサマー」
「これ、お前のじゃないのか」
「だーから違うってば」

不思議そうに見つめてくるみょうじはやはり嘘を吐いているようには見えない。正直そのものだ。それが俺の中では腑に落ちない。それよりも、もどかしい気持ちがはやる。

「正直に言うぞ」
「嘘吐いてるんだろーって言いたいんでしょ」
「違う」
「あ、そうすか……」
「これがお前じゃないと俺の気が済まねえ」
「すごい理不尽を目の当たりにしている……」

みょうじは両手のパイを取り落とした。

「そんなの俺様にも自覚がある。だがな、これがお前のじゃなきゃ俺様にはこの紙切れに何の価値もない」

自分のじゃない、とか主張してるくせにみょうじはその一言に頭にきたらしい。分かりやすく機嫌を悪くして、睨んでくる。せっかく反応するなら別の所にして欲しかった気もする。

「未完成でも、価値のない楽譜なんてない!この傲慢ちき跡部様め!暴君!」
「じゃあお前が持っていくか?そうすりゃ俺様にも価値があるものになるしな」
「言われなくても私が持ってくわぁ!」

筋書き通りだ。
みょうじが俺様から楽譜を奪い取った。当人がまあ期待していたのとは違う形だろうが、楽譜はみょうじにある意味手渡された。

「あー……」

みょうじが楽譜を受け取った途端、気の抜けたアホ面になる。口をあんぐり開けたまま、俺様を見る。

「あ〜……」
「アホ面辞めろ。何か言いたいことがあるか」
「まさか跡部くんが持ってくるとは」
「やっぱりお前のか」
「そうでーす!おめでとう跡部くん!」

パーン!と杖先から紙テープやら花を出しながら祝われる。嬉しいような呆れかえるような微妙な気持ちになった。結局何もすっきりしてねえ。

「自分で忘却術を……はっ、だから『正直な嘘つき』か」
「そうそう。でもまあ既に顔見知りの跡部くんが持ってくるなんてね。
よーし動いてもいいよ!みんなお疲れ!」

みょうじが手を叩くと譜面上の音符が泳ぎ始めた。意外に周到な奴だ。それから鞄から羽ペンを取り出すと忙しない楽譜の続きを書き始めた。
『その楽譜完成させるかな』という言葉が頭の中で反芻される。

「忘却術失敗しなくて良かった。失敗してたら全部の記憶吹き飛んでちゃったもんね」
「おいふざけんな二度とすんな!」
「うわっすみませんでした……でも、よく私だって分かったね。どう推理したの?」
「こんなことするのはお前しかいない」
「えー何それ。推理になってないし、そんな人いるかもしんないじゃん」
「俺様にはお前じゃないとダメだったんだよ。それくらい分かれ」

ただ、腑に落ちないことがまだ1つある。
みょうじはなぜこんなことをした?
こいつの意味不明な言動は今に始まったことじゃない。とるに足らない理由かもしれない。ただ、この行動の理由だけは知りたかった。

「結局、お前は何がしたかったんだ?」
「それくらい分かってほしいな」

ニヤニヤ笑うみょうじが楽譜に終止線を引いた。



おまけ
「で、このタイトル横の悪魔の絵は何だ?」
「糖蜜パイ食べるアナグマ。それがヒントだよヒント!それくらい分かってほしいな!」
「分かるわけないだろ」


2016/10/27

当初考えていた跡部様の話が異常に長くなったのでこちらに……めちゃ時間かかってます。申し訳ないです。

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