「何ぼーっとしてるの?」
「え、ああ。別になーんにも考えずにみんなを見てた」

クィディッチの競技場の観客席で、ぼーっと練習風景を見てたら、グリフィンドールのルーキー越前くんが話しかけにきた。金ちゃんのライバルで二人ともちっちゃくて可愛い。生意気成分多めの越前くんは私の隣に座った。

「へぇ、てっきり……」
「手塚くんに話しかけたいとかじゃないよ」
「何で分かったの?」
「タカさんも不二くんもみんなそう言って手塚くん連れてこようとするから」

今は手塚くんはいないみたいだからいいけど、こっちはいちいち恥ずかしいんだよね。いや、本当に恥ずかしい。どう思う?と隣の越前くんを見ると越前くんはちょっと嬉しそうだ。

「そうなんだ」
「何か嬉しそうだね」
「別に」

つっついた所で意外に口が固い越前くんは絶対に教えてくれないからもうやめておこう。めっちゃ怪しいけど。

「怪しい……ま、いっか。休憩しにきたの?」
「ちょっとね」
「お疲れ様」

労うと小さく返事をして私の周りをジロジロと凝視しはじめる。ちょっとヤバイかも……と思ってたら、案の定越前くんはニヤリと笑った。


「そこにあるジュースは差し入れじゃないんすか?みょうじ先輩」
「なんで分かったの!?」
「中途半端。ちょっと透けて見えるし」
「くううう」
「まだまだだね」

私が透明呪文をかけたジュースの瓶5本を越前くんはあっさり見抜いてしまった。呪文かけるときにちょっと余所見したのが原因だけども、それでもほとんど分からないくらいに仕上がったはずなのに、やっぱ流石シーカーだな。

「くれないんですか?」
「くうううそういう時ばっかり後輩振るんだから!仕方ないな!」
「サンキューみょうじ先輩」
「あーさよなら私の今月のお小遣い」
「アンタが無駄遣いしたんでしょ」
「私が飲むつもりで買ったんだから無駄遣いじゃないの!」
「欲望に忠実っすね」
「闇落ちしない程度にはね」

越前くんがバタービールを選ばなかったのだけが唯一の救いだったかもしれない。生き残ったバタービールをちびちび飲みながら、また競技場に視線を戻す。
いつもは自分の寮の練習風景ばっかり見ていたけど、たまにはこういうのもいい。
空を飛んでいる人たちはすごくかっこいい。私が最後にこうして飛んだのはいつだっけ。

「みんな上手だなーって思って見てたんだけどさ」
「考え事してたんじゃん」
「おお!ほんとだ!ってバカにした顔しないでよ!」
「はいはい。それで?」
「最後に箒乗ったのいつだったかなって」
「もしかしてアンタ下手なの?」

生意気成分多めどころか過剰かもしれない越前くんはグッサリ私の心にナイフを突き立ててくる。魔法薬調合するときのそれと同じくらい鋭い。私は頑張ってそれを引き抜いて反論する!

「……そりゃあみんなに比べたら下手だよ」
「上手だったら逆に困る。それで、一般的に言えば?」
「……10秒くらい浮ける……」
「すごい下手じゃん」
「うるさいな!」

クリーンスィープとか定番の箒に乗っての記録だ。ピアノと同じでこれ以上いいやつに乗っても多分飛べないから仕方ない。1年の時の飛行訓練はあまりの下手さに先生もダメだと思ったみたいでレポートだけで許してくれた。厳密には箒乗った時の感想文。

「私だって空飛びたいよー……10秒浮くくらいなら浮遊術かけられた方がもっと持続するもん……」
「だったら乗ります?」
「え?」
「俺の後ろなら乗せてやってもいいっすよ」
「マジで!?」

ジュースのお礼、と私におっしゃってくださる越前くんはすぐに箒に跨がる。待て待て、ここ客席だぞ。

「みょうじ先輩なら万が一落ちても大丈夫でしょ」
「……もしかして」
「一昨日先輩が3階から中庭に転落するところ見てたけど」
「ほらやっぱり!言っとくけどあの時は下にクッションの木もあったし、魔法も使った!」
「俺もいるし、みょうじ先輩には怪我なんてさせないから」
「むむ……」

越前くんに言われて私は後ろに乗る。意外に二人乗りしようと思えば、できるものなのかな。ていうか、これ校則的に大丈夫なんだろうかね。私はいつも校則破って罰則食らったりしてるけど別に進んでやってるわけじゃないよ!

「俺につかまって」
「何か猫を後ろから抱っこする感じ!よいしょい!か、軽い……!」

信じられん!軽すぎるよ!だからあんなに飛べるのか……だとしたら私まずくないかな?最近いっぱいお菓子もらうから肥ってきた気がしてならないし。

「上で振り落とすから」
「やめて!」
「だったら普通につかまって」
「おっけーです……あと、越前くん。二人乗りって大丈夫なの?」
「そのことなんだけど」

越前くんが振り向いて私に話しかけてくる。大胆不敵な笑顔に『あっこれヤバイかも』と頭がベルを鳴らした時にはもう遅い。

「部長に見つかって怒られるかもしれないからその時は何とかしてよね」
「……え、待ってやっぱりダメなの?ダメだよね?」
「じゃ、飛ぶから」
「待って!タンマ!ちょっと!いやぁぁぁ待って飛ばないでえええええ!心の準備があああ!」

目を閉じている間に、上空へ浮き上がってしまった。目を閉じていても不安定で落ちそうな感じがして、小柄な越前くんになんとかつかまる。間違って骨折っちゃいそう。

「先輩、目開けないと飛んだ意味ないでしょ」
「心の準備する……手塚くんに叱られるのと飛ぶための心の準備を……」
「だからもう飛んでる」
「越前くんが前倒しするからでしょ!私は予定通りやってるの!」
「はいはい」
「今の私は……クィディッチの金のアレのようなもの」
「スニッチ」
「スニッチのようなもの、もしくはヒッポグリフ、グリフィン、コカトリスのようなもの」
「ドードーがいいとこでしょ。飛べないのも一緒だね」
「好きで飛べないわけじゃないの!よし!私はハンガリーホーンテール!怒られても平気!ドラゴンだから!」
「何それ」
「うわ……すごいすごいすごい!」
「あんまり揺らすと落とすよ」
「ダメ!」

飛行訓練の時、友達が鳥になった気分と言っていたけど、本当にその通り。空は思ってた以上に優雅で気持ちいい。

「本当に空に制限なんてないんだねー。全然届かないや」
「そうだね」
「下から見てると越前くんたちは空に届いてるように見えるなー。こういうの何ていうっけ」
「隣の芝生は青い?」
「そうかもしれない」
「隣の芝生は青い、ね……他の人たちも俺と同じ穴の狢ってやつなのかも」
「誰と同じ穴の狢なの?」
「さぁ。でもいいや、俺は今なら穴を抜け出すどころか空を飛んでるから」
「越前くんの言ってることって……ってぎゃああああ!なんの前触れも無しに旋回しないでええぇ!」

越前くんが旋回で喉から心臓が飛び出てくるかと思った。誤魔化す為にしたってわかってるから、それ以上追及しないけど。
それにしたって、やっぱり空を飛ぶっていいものだな。

「越前くん越前くん」
「何?」
「ありがと!私も久々に箒練習する気になった!頑張って50mくらいは前に進めるようにしたいな」
「そんなの……しなくていいから」
「ええええ私そんなに見込みない!?」
「見込みない」
「そんなきっぱりと言わなくたっていいじゃん……!」

好きで下手くそなわけじゃない!って越前くんに猛抗議したら、越前くんは全部無視。無視かよ。
無視した上で、生意気な年下の天才少年は私に向かって、珍しく優しい目をして言う。

「その代わり、俺がいつでもアンタを乗せて飛んであげるから」

どきっ。

……今のは強風が私を煽ってそうさせたんじゃない……と思うことにしておこう。

「おお……一生お姉さんの手足になってくれるのね」
「バカなの?落とすよ」
「あ、ちょっ!いや本当に落ちちゃう!?ぎゃあああああ……」
「あっ、落ちた」




2016.05.07

あえて自分より小さい人の運転する自転車に乗りたいのでリョーマくんや金ちゃんの運転するチャリに乗りたい。


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