「みょうじ…なぜ逃げた?」
「だって数学嫌いなんですもん…」
「それは仕方がない。だがな、お前は苦手を克服しようという努力が足りない。なぜテストが10点代や20点代ばかりか考えたことはあるのか?」
「それくらいありますよう」
「じゃあなぜだと思うんだ?」
「先生が10点代と20点代しかくれないからです」
「P30〜35も追加だ」
「うわぁぁぁぁ」
「…すまないが跡部くん」
「…何でしょうか?」
「彼女の見張りをしてやってくれないか?逃げたらまた校内放送してもらって構わないから」
「…分かりました」
「いやだぁぁぁ」


藤田はとんでもねぇ女を残して去っていった。これなら普通に追い出した方が早かったかもしれない。

みょうじを見ると、そのまま悪霊にでもなりそうなレベルで邪悪なオーラを発している。
いつか藤田を因数分解(物理)するつもりなんだろう。

「おい、みょうじ。俺様が見張ってやるんだ。さっさとやれ」

みょうじは俺様を一瞥すると舌打ちしやがった。

「君が校内放送しなければ逃げ切れていたのに!くそう」
「うるせえ。どうせ後からやらされる運命だろ」
「運命は変えられる」
「今やればそりゃ変わるぜ」

みょうじはわっと泣き出した。女の涙は美しい武器だというが、こいつのは見苦しい。
つーか全然俺様の仕事が進まねえ。

「仕方ねえ…手伝ってやるからそこのソファに座れ」
「わぁぁ神様が降臨なさった!」
「全く…調子の良いヤツだな」
「それよりさ、ジャイアンは数学できるの?」
「できるに決まってんだろ。キングに不可能はねぇ」
「へぇ…」
途端にジト目を向けるみょうじ。何が不満だ。つーか人をジャイアン呼ばわりしやがって。

「じゃあお願いします」

ジャイアン呼びに文句付けようとしたら、すっかり大人しくなってテキストのページをパラパラとめくっている。
真剣な目には何も言えず、みょうじの横に座った。

「さっさと終わらせるぞ」





どんなに遅くても計算問題だけだから1時間で終わるだろうと思っていた俺様は、この女の学力を侮っていたとしか言いようがない。

「お前よく氷帝に入れたな」
「いや、そんな褒められても」
「貶してんだよ」
「いや、そんな貶さないでよ」

途中で投げ出す訳にもいかず、樺地を先に帰らせてもう19時前だ。
まる3時間が経過しようとしている。
ここまでくると自分の教え方が悪いんじゃないかという気がしてきた。俺様らしくもない。

「あと、1問…」
「やっとここまで来たか。おせーんだよ」
「もう思考回路がショート寸前だ」
「もともとショートしてんだろうが」
「もういいよ何とでも言えよ…」

最後の一問を計算しきる。駆け足で終わらせないのが正直意外だった。割と慎重なヤツなのかもしれない。

「…終わったー!」
「間違えてるぞ」
「えっ、うそ」

…前言撤回する。


「…今度こそ終わったー!」
「はっ、意外とがんばったんじゃねーの」

思わずみょうじの頭を撫でると、みょうじが俺様の顔をじっと見てくる。何か言いたげな感じだ。

「何だ?」
「いや…最初はあれだったけど意外と優しいなあって。
あっ、そうそう」

みょうじはゴソゴソとスカートのポケットから何かを取り出した。

「これ、お礼だよ。大したものじゃないけど」
「何だ?これ」
「塩飴」
「なっ…!?塩…飴だと!?塩と飴って…!正反対の味が同居してんじゃねーか!?」

こいつの家は塩を飴にしちまう位困窮してんのか…?ハヤブサを友人にするし頭は空っぽだし…哀れでならねぇ…。

「甘いよ。食べてみなよ。あとそんなに困窮してないです」

みょうじは包み紙を開いて、塩飴を取り出す。無色透明だ。一体どんな味がするのか?つーか教科書の端で見たことある塩化ナトリウムの塊にしか見えねぇ。

「ほら口開けて」
「あーん?」
「そうそう」
「!?げほっ」
「そんなにむせなくてもいいじゃん!失礼ね!」
「今のは相槌だ!」

突然放り込まれた飴は、本当に甘い。
上品な味かといえばそれは違うが、悪くはない。

「今日は本当にありがとう」

頭を下げるみょうじ。意外と律儀だ…ただし俺様に前言撤回させるなよ。
そう思っていたら大人しく去ろうとする。

「おい」
「ん?」

…呼び止めてしまった。俺様としたことが完全に見切り発車だったせいで言葉を継げられない。みょうじが怪訝そうな顔でこっちを見てる。
だいたいお前が最後の最後に何もせず帰ろうとするのが悪い。

「ここに俺様がいるときは数学の質問くらいしていいぞ」
「まじすか」

…俺様はこいつの家庭教師にでもなりたいのか。
それでも、何だかんだこいつの相手をするのも悪くないと思ってしまった。

やはり、俺様はこの時柄にもなく焦っていたらしい。
普通に会うならメールアドレスを聞き出せば良かったのだと後で気付いた。




2016.08.22修正

私が塩飴好きすぎるだけのこと。
毎日食べてます。
突然思い付いたヒロイン=塩飴という縛りの下書いたら、最後にしか現れなかったです。

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