「なまえさんって、小柄な割に手が結構大きいですよね」
「小柄は余計だよ!」

身長にコンプレックスがあるなまえさんは俺の言葉にきちんと抗議したあと、飲んでいたジュースの缶をテーブルに置いて白くて大きな手を差し出してきた。

「若くんより大きかったりして」
「まさか」

俺も手を差し出して重ねる。
やっぱり意外に大きい。白くて長い指は、俺の指先にも届きそうだ。

「男の子には負けちゃうかぁ」
「それでも俺にも届きそうなくらい大きいですよ」

テーブルを挟んで、重なった手の向こう側にいるなまえさんの視線は少しだけ俺を見上げている。

「身長と手の大きさのバランスが取れてないからあんまり好きじゃなかったけど、今は好きだよ」
「ピアノですか?」
「そうそう!私がピアノを弾けるのはこの手のおかげだもん。それまではやっぱりねぇ…なんか同級生に宇宙人とか言われてたし…」
「多分それはもっと別に原因があると思います」

主に言動とかね。
それより、なまえさんはピアノを始めたのは小学5年生の時だって言っていたはずだ。結構遅い方じゃないのか?

「なまえさんは小学5年生でピアノを始めたって言ってましたよね」
「うん。それまで鍵盤ハーモニカをちょっとくらい…すぐホースとか失くすから発表会とかじゃいつもカスタネットだったなぁ…それから色々あってこんな風になったけど」
「その説明じゃ全く今の貴方と結びつかないですけど」
「うんうん、思い出せば色々あったぞ…」

勝手に思い出に浸っているなまえさん。万年カスタネットから今の状況にどう辿り着くんだよ。
なまえさんの手が離れていって、机の上に置かれる。

「でも不思議だよね。突然、今までどうでも良かったものが、かけがえのない大切なものになったりして、そのおかげで別の嫌いなものまで好きになったりしてさ。若くんも経験ある?」
「はぁ…アンタがそれを聞きますか…」
「えっ、えっ何それ!私にそんな経験なさそうとでも思ってたの!?ひどいよ!何年生きてると思ってるの!」
「はいはい」
「生返事…」
「でも、意外です。なまえさんがそんなこと考えたことがあるのが」
「だから私が何年生きてると思ってんのさ!」
「俺より1年長く生きてるからって威張らないでください」
「ぐぬぬ…」

正論で誤魔化してなまえさんを黙らせた。これ以上話すとボロが出そうだ。
俺にもそのくらい経験はある。主に目の前の誰かさんが原因で。

「…でもさ、好きになったせいで嬉しいことと同じくらい苦しいこともあるよね」

全然深刻そうじゃない、いたって普通のトーンでなまえさんは言う。内容は全然普通じゃない。中身でも入れ替わってるんじゃないのか。まるでなまえさんのピアノを聴いた時ぐらい、顔には出さないが驚いてる。それと、焦燥感もついてきた。

「…例えば?」
「色々あるよ」

まだ中身が残っているか分からないジュースの缶をしばし見つめている。色々あるうちの一つを選んでいるんだろうか。

「…ピアノを始めたのがちょっと遅めだから、早く始めた子に嫉妬してるかなぁ」
「…はぁ?」
「だって3歳から始めてる人とかいるじゃん?私は11歳からだよ?8年は大きい。オリンピック2回も開けちゃう」
「なんか…オリンピックとか聞くとあっという間な気もするんですが」
「ちっちゃい頃と大人の時間の長さは違うよ!体感だと!それに、好きなものと一緒に時間を過ごしたいじゃん」

嫉妬をするなまえさんなんて、身長以外にないと思ってた。そのレベルは、長い時間を過ごしているだろう奴を匂わせられて嫉妬してる誰かと一緒だ。
10年くらい、人生の長さから考えたらあっという間だろうに。なまえさんはしぶとく100年くらい長生きしそうだから尚更だ。

「なまえさんも嫉妬することなんてあるんですね」
「あるよ!若くんめ」
「俺もありますよ」
「さすが3歳で下剋上に目覚めた男!」
「それ以上煽るとジュース奪いますよ」
「えっ、ダメダメ!」

慌てて奪われないようにジュースを手元に引き寄せるなまえさんがおかしくて笑ってしまう。
情けないが、少し安心した。

「俺もなまえさんと全く同じ嫉妬もしますし、今までどうでも良かったものが好きになったりすることもあります」
「やっぱり?」
「だから、俺だって長く…一緒に過ごしたいんですよ」
「へぇ…私と同じなんだね」

案の定分かっていないなまえさんは呑気に俺の話に共感している。期待はしていない。俺もなまえさんと色々あってから余裕が生まれたようだ。


「でも…若くんにそう思われてるなんて、なんか嫉妬しちゃうな〜」


…この人…やっぱり俺を煽ってるのかもしれない……。
俺はなまえさんが守っていたジュースを奪うと一気に飲み干してやるのだった。



2016.04.28

※日吉くんの言っていることはテニスのことだと思ってます。
Twitterで深夜に流したやつでした。

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