彼女はつまらなさそうに授業を受けていることが多い。どうやら魔法薬学の授業にはあまり興味がないみたいだ。
彼女は暇を持て余すと、必ず羊皮紙に譜面を書き始める。
初めて見たときはびっくりした。
彼女が譜面を書くと、五線譜上の音符が生きた、それこそおたまじゃくしのように動き始める。魔法なんてそれこそ小さい頃から接してきて普通だったにも関わらず、だ。

魔法薬学の授業が終わる頃には、彼女はレポートなんて半分にも達してないのに、楽譜はタイトルまでつけ終わっていた。

タイトルは『暗くて苦い水飴』。

今日の授業は暗闇の中でも周囲が見える暗視薬だ。香りこそ甘いが含めば苦味だけの薬だった。


たまたま俺の斜め前に座っただけの、違う寮の女の子。それから俺はその子の近くに座って観察することが多くなった。彼女は90分程度の授業の中で必ず1曲、気が乗っているらしいときは3曲くらいは書き上げてしまう。
タイトルは様々だ。ストレートにその日の魔法薬の名前をつけることもあればそうじゃないときもある。例えば「まんまるネズミの大冒険」とか、わけわからなさで言えば「ボヨンボヨン」。これが俺の中で暫定1位だ。

『なんでもできるライオン』『羊皮紙にちょっとのレポート』…彼女がそんな曲を書いた日はレポートが出された。

俺は図書館で資料を集めていた時に、見つけた。魔法薬学の本棚の間の窓際に置かれたテーブルに彼女はたくさんの本を周りに置いて狼狽えている。普段は開いてすらもいない教科書とたくさんの関連書籍に圧迫されている感じだ。

「うえええ魔法薬学なんてわからんよぉ…」
「何で魔法薬学なんて取ったんやお前…」
「だってあの部屋の匂い嗅いでたらいっぱい曲が浮かぶんだもん」
「何ちゅー動機や。ちゅーか変な薬でも嗅いでるんちゃうか?」
「そんなことないもん。はあ…それより上級薬の中から選んでレポート作成と実物調合なんて言われても…」
「お前1年の時、毛生え薬調合しようとして内臓飛び出す薬作っとったもんな。ある意味天才やわ」
「あれはトラウマなんだやめたまえ」

彼女は忍足と話をしていた。どうやら知り合いのようだ。
俺は考えるより早く、行動していた。とりあえず、彼女と話がしたい。忍足には悪いけど席を外してもらって、彼女と二人きりで。

「やぁ、忍足」
「お、幸村やないか」
「今すぐそこで白石が君のこと探してたよ。随分急いでいたみたいだし、行ってあげたら」
「おお、ほんまか。ありがとな。じゃ、なまえ頑張れよ」
「えええええ謙也くん私を見捨てないで!」
「自業自得や。頑張りぃー」
「あああ…がっくし…」

なまえ、と呼ばれた彼女はがっくりとうな垂れた。俺は初めて彼女の名前を知った。

「レポートに困ってるの?」
「あ…うん。あんまり授業聞いてなくて」
「知ってる。いつも作曲してるよね」
「!」
「俺同じ魔法薬学の授業受けてるから」
「そ、そうなんだ…」

忍足が座っていた席に着く。なまえちゃんはうー!とかあー!とか奇声をあげている。どうやら作曲をしている所を見られて恥ずかしいらしい。

「そんな恥ずかしがることないよ」
「で、でも本当は魔法薬学について学ぶ時間なんだからサボってるとこ見られるのやっぱ恥ずかしいよ…」
「君にとっては有意義な時間なんだろう?話を聞いてると」
「でも今こうしてレポートに困ってるわけで…」
「ふふ、手伝ってあげようか」
「ほ、本当に?」

なまえちゃんは感情の移り変わりが激しい。ありがとう!と満面の笑顔で言ったものの、次はまた困惑した表情になる。

「私、みょうじなまえっていうの。…名前、聞いてもいい?」
「幸村精市だよ」


スリザリンの監督生でクィディッチチームのキャプテンである幸村くんに魔法薬学のレポートを見てもらって、なんとか助かった。幸村くんは、その代わりに私と魔法薬学の授業を一緒に受けることを提案した。
優しく教えてくれた幸村くんのお願いを断ることはもちろんしなかった。そもそも、幸村くんはこんなお願いでいいのか…と思ってしまった。
幸村くんの横でいつものように作曲に勤しむ。一人で作曲している時間が多かったから、色々話しながら作曲することはとても新鮮で、悪い気持ちなんて全然しなかった。

今日の授業は…愛の妙薬。世界一強い惚れ薬、アモルテンシアだ。遠くから幸村くんに視線が集まってくる。女の子達が幸村くんに目配せするのもわかる。かっこいいもん。ついでに睨まれるのは勘弁だけど。

「愛の妙薬かぁ」
「盛りたい相手でもいるのかな?」
「まさか。マグルが作ったアリアに同じ名前の曲があったなぁーって」

幸村くんといるときは作曲や読譜しながら先生の話も聞くようになった。幸村くんには感謝だ。聞けば、愛の妙薬にはその人にとって魅力的なものの匂いがするらしい。先生の出した愛の妙薬からは、ハニーデュークス特製のメイプルシロップの香りがする。それから…音楽室の楽器の少し埃をかぶった古っぽい匂いとか。音楽には匂いがないから、そうなるのか。

「幸村くんはどんな香りがする?」
「俺かい?俺には…うん。他の色んな魔法薬の香りがする」
「ええ…それって普通にこの教室の匂いじゃん」
「そうだね、でも俺にとってはこの空間と時間がとても魅力的だよ。色んな意味でね」

幸村くんは本当に魔法薬学が好きみたい。実際、私は幸村くんの手助けでようやっと魔法薬学の授業についていけるようになった。それでも得た知識はそこそこに全ては音楽に還元されていく。
先生の講義と幸村くんの話で色んな音符が浮かんでくる。羊皮紙の上に羽根ペンを滑らせていくと、まだ決まりきってない音はふらふらしたり跳ねたりしている。

「幸村くんは、使いたい人いる?」
「愛の妙薬をかい?使いたいと思ってしまう相手はいるかな。でも、使うつもりはないよ。自分の力で振り向かせたいと思うよ」
「うわぁ幸村くんカッコイイ」
「そういえば、なまえちゃんにはどんな香りがしてるのかな?」
「ハニーデュークス特製メイプルシロップの香り。ずっと仕舞われてた古い楽譜や楽器の匂いとか…この香りは愛の兆しなのかもしれないね」
「愛の兆しか…面白いことを言うね」

羊皮紙の端に『signs of love』とタイトルを書くと、いつもはわちゃわちゃうるさい楽譜も大人しく整然としはじめた。どこかしらちょっと震えてるけど。こういうことは珍しい。

「なるほど。俺が感じている魔法薬の香りも愛の兆しなのかもしれない」
「この香りが?」
「うん、今のこの瞬間の…この空間の芳香がそうかな」

羽根ペンを持っていた右手に幸村くんの手が重なってドキッとする。体の半分が幸村くんに密着する。幸村くんからは…何でかメイプルシロップと古い楽器と楽譜の香りがした気がした。

「…幸村くん?」
「君自身が愛の妙薬なのかな?」

頭が色々を処理するのに時間がかかった。
ぼーっと見ていた楽譜の上の音符たちが一斉に飛び上がって、バラバラと床に溢れた音符もあった。





2016.05.01修正

いつも適当にネタ作るときは場面転換をーーーーで区切るんですがその名残が残ってしまっていたので修正。お恥ずかしい。
しかもデフォ名のままになってたー!恥ずかしい。ほんと恥ずかしい。

なんか知らんけどこの話お気に入りという…いやあそれただ私がSigns of love好きだからじゃないのかなって思います。

BGM:P4サントラ「Signs of love」
狂おしいほどこの曲好きです

[ ]
×*×