06


ある日いつもの様に講義を終えて帰ると家には青峰さんしか居なかった。
火神さんの姿が見当たらない。
現在の時刻は昼の12時。
手を洗いにキッチンに行くと、カウンターにサンドイッチが作り置きしてあるのが見えた。
火神さんはお昼には帰って来ないって事だろうか?
ソファに腰掛け最早慣れてしまった腿への重みを受け止めれば下から声が上がった。

「火神がどこ行ったか教えてやろうか」
「…別にいいですよ」
「遠慮すんなよ」
「興味ないです」
「その割に落ち着かねえじゃねえか」
「そんな事ありません」

普段は何でも適当でダラダラしているのにやけにつっかかって来る。
正直面倒臭い事この上ない。
押し問答を繰り返していると、興味はないと言っているのに青峰さんが勝手に話し出した。
本当に自分勝手なロボットだ。
でも私はその予想もしなかった話に愕然とする事になる。

「アイツな、今頃人妻に跨ってパカスカやってるぜ?」
「!」
「求められれば応えるだろうからな」
「な、」
「大方そこら辺で話し掛けられてお持ち帰りでもされたんじゃね?」
「…」
「仕事もしてねえ人妻は暇だからな。つか旦那も子供も居ねえしやりたい放題だな」
「…」
「おいおい、オレを睨むなよ」
「睨んで、ません」

睨んでなんかいない。
ちょっとだけ…そう、ちょっとだけ吃驚しただけだ。
持ち主以外にも『そういう事』するんだ、って。
動揺とか、してない。
別に火神さんが何処で何していようと…私には関係ない。
なのに私を往なす様に青峰さんがポンポンと足を叩く。

「まあイライラすんなよ」
「してません」
「お前無自覚か」
「何がですか」
「ふぅん」
「何なんですか」
「おい」
「だから何なんですか!」
「火神が居なくなったって、オレが居んじゃん」
「は?えっ!?」

下から伸びて来た浅黒い手が私の髪の毛の束を掴んで引っ張った。
不意を突かれた私はそのまま下を向いて…
逆に下から迫って来た青峰さんを避ける事が出来なかった。

「!ちょっ、」
「ん、暴れんなよ」
「んん!やめっ」

抵抗すれば首根っこを掴まれてひっくり返され跨られた。
首根っこ掴むとか、私は猫じゃない。
止めて欲しい。
否、それよりも大変な事になった。
青峰さんが藍の瞳をギラつかせて私を見下ろしている。
『欲』しか感じられないその視線に恐怖を感じた。

「なんだよ、火神は良くてオレは駄目ってか」
「はい!?」
「なめんなよ。知らねえとでも思ったか?」
「な、何をですか!」
「ま、いいわ。こっちも命掛かってんだよ」
「!や、止めて下さい!黒子さん呼びますよ!」
「残念だがテツは今日はラボに行ってる」
「ラボ!?っは、離れて下さい!」
「無理。たまにはオレも構えよ」
「構えって!意味が分からないです!」
「分かんねえの?じゃあ分からしてやるよ、コッチ向け」
「かが、火神さんっ!!」

私は火神さんに助けを求めていた。
勿論彼が来るはずもない。
青峰さんの言う事が本当ならば、今頃どこの誰とも知らない女の人と…。
関係ないだなんて嘘だ。
私は少なからずショックを受けてた。
火神さんはロボットなのに。
ロボットが何処で何をしていようと関係ないはずなのに。
そうだ、私はあの日からどこかおかしい。
火神さんとキスをしてしまったあの日から。
あんなの火神さんが勝手にして来ただけであって、私の意思じゃない。
それだけが私の心の救いになっていた。
だって…この青い人も、火神さんも『機械』なのだから。

「火神火神って、お前まさかアイツに惚れたのか?」
「!?」
「そんなにアイツとのチューは良かったかよ?」
「関係、ないっ」
「考え直せよ。オレの方がいいって」
「どっちも結構です!」
「強情な女だな。まあ、そういうのも悪くねえ」
「か、顔!顔近付けないで!」
「もう観念しろよ」

ズイズイと顔を寄せて来る青峰さんを必死に避ける。
薄い唇が頬や耳を掠めて熱い息が掛かった。
本当にロボットなの!?
生々しい『人間らしさ』に驚かされるばかりだ。
とうとう痺れを切らしたらしい青峰さんが私の顎を掴む。
鋭い藍の瞳から無言の圧力を感じて身が強張った。
その時、

ガチャン!
バキッ!!

「!?」
「…なーんだよ。もう帰ってきやがった」
「え?」
『青峰てめえっ!』

破壊音と共に玄関から聞こえた声に私は不覚にも『安心』していた。
でもそれは火神さんがリビングに入って来た瞬間に『嫌悪』へと変わる。
青峰さんがニヤニヤ笑いながら私の上から退いた。

「よぉ火神。お楽しみは終わったのか?」
「お楽しみ?別に楽しくねえよ」
「おいおい、そんな事言ってソコ土産着いてんぞ?」
「はあ?」

青峰さんが『ソコ』と言って指差したのは火神さんの首だ。
そこは生々しく淡いピンク色に光っている。
『嫌悪』と共にじんわりと胸に広がったのはよく分からないモヤモヤとした気持ちだった。

「なんだよ、まだ着いてたか。拭いたんだけどな…ああ、グロスだからか」
「ぶはっ!ま、拭けば取れんだからいいじゃねえか。痕付かねえし」
「まあな。ってそうだ青峰!お前名前に何した!」
「はぁ?」
「名前が動揺してる反応が出てんだよ」
「別に?何もしてねえよ」
「ホントか、名前!」
「!」

突然話し掛けられ目が合った私は大袈裟に反応した。
火神さんの目と首のベタつきを交互に見遣る。
何も分かっていない様子の火神さんのキョトンとした顔に苛立ちが募った。

「…ふ、不潔」
「ん?」
「不潔!不純!気持ち悪い!もう絶対私に触らないで!!」
「は!?なっ、名前!?」
「ぶっは!火神終わったな!」
「はぁ!?意味分かんねえよ!どういう事だ!」
「気持ち悪いっ!!」
「っき、気持ち、悪い…」
「ぶっははは!自業自得だろ」

私はリビングの入り口で佇む火神さんを大袈裟に避けて走り抜け自室に立て籠もった。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
私以外の女の人に触ったその手でもう二度と私に触らないで。
ただひたすらそれだけを脳内でリピートして布団を被った。
もう顔も見たくない。

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