05


気の休まらない日々が続いた。
毎日毎日ロボット2体が絡んで来る。
それもこれも黒子さんのせいだ。
黒子さんも黒子さんで、物陰からこっちを窺っていたり気付いたら背後にいたり、心臓に悪すぎるから止めて欲しい。
最近の火神さんは何をするにも距離が近いし、ソファが定位置の青峰さんは私が座ると私の膝を枕にする。
今日も例に漏れず大学から帰った私を出迎えたのは顔を近付けようと距離を詰める火神さんだった。

「ストップです」
「そういう機能はねえよ」
「近付くの止めて下さい」
「止まれねえんだ、わりいな」
「故障ですか、工場とか行きますか」
「お前日増しにだんだん冷たくなって来てねえか?」
「分かってるならこういうの止めて下さい」

火神さんをスルーしてリビングに向かえば今度は待ってましたとばかりに青峰さんがソファで手招きだ。
ていうかあの人本当に何も出来ないの?
客である私に膝枕させるって商品としてもう駄目だよね?
青峰さんと距離を取ってソファにだらんと背を預ける。
キッチンからカチャカチャと茶器の音がして来て、火神さんがお茶を淹れてくれているのだという事が分かった。
火神さんはこういう所はしっかりロボットとしてのお仕事をしてくれるので良いと思う。
ずしりと腿に重みを感じて視線を下げれば当然の様に青い頭が乗っていた。

「あー、やっぱコレだな」
「…」
「青峰、このままならお前がスクラップ決定だな」
「あ?これはスキンシップってヤツだ。すぐ顔近付けるお前よかマシだろ」
「どっちもどっちです」

火神さんが淹れてくれた熱いお茶を啜って気分を落ち着かせる。
始めのうちはギャーギャー騒いでいたのに慣れって怖い。
感覚がおかしくなってしまったのだろうか。
私の中で少しずつ妙な感情が顔を出すようになる。
まともな恋愛した事もない、男の人と長時間一緒にいる事すらあまりない私にとって、毎日が息苦しくもありそして『新鮮』だった。



コンコン
勉強中の私の部屋にノック音が響いた。

「はい」
『マフィン焼いたんだけどよ、食うか?焼き立てだ』
「え!食べたいです!…あー、でもこれ解いてから…うーん」
『なんだ?難しい問題でもあったのか?』
「はい…」
『マフィンは焼き立てが一番美味いんだぜ?』
「うーん」
『解き方教えてやろうか』
「え、分かるんですか?」
『俺の事なんだと思ってんだよ』
「あ、そっか…ロボット」
『入っていいいか?』
「どうぞ」

初めて火神さんを部屋に通した。
ローテーブルにトレイを置いて物珍しそうに辺りを見渡す彼は、ロボットだと分かっているのに『人間の男の人』に見えて仕方ない。
それからゆっくり私に歩み寄ると机上に広げられた問題集に視線を落とした。
ほんの少しの沈黙。
ちらりと視線だけで火神さんを見遣ると、焦点の合わない彼の眼球が淡く光り反射なのか何なのか文字が浮かび上がっているように見えた。
ふと意識が戻った様に頭を持ち上げ私を見下ろす。
そして二カッと笑ったその顔に一瞬だけど見惚れてしまったなんて…やっぱり私の感覚は何処かおかしくなってしまったのかもしれない。

「出来た!」
「おう、完璧だな」
「ありがとう火神さん!」
「え、」
「火神さん居なかったら解けなかった!ありがとう!」
「え、あ…おう」

ポカンとしている火神さんを不思議に思いつつ、ご褒美のマフィンに視線を送る。
少し冷めてしまったけど温かいうちはまだ美味しいはずだ。
教材を片付けて椅子から立ち上がると、まだ突っ立ったままだった火神さんとぶつかった。
え、ずっとそこに居たの?

「火神さん?」
「…変だな」
「え?」
「…いや、なんでもねえ。マフィン食うか」
「はい!」

何やら腑に落ちない表情の火神さんと座って手を合わせる。
『いただきます』を合図にマフィンを頬張った。

「美味しい!」
「おう…良かったな」
「はい!火神さんは食べないんですか?」
「俺たちは充電だけで十分なんだよ。別に普通に食えるけどその後は胃の中でシェイクされたヤツを」
「いいいいいいです!言わなくて!」

聞いたらいけない気がして火神さんを遮った。
遠慮すんなよとか言われてもそんなの全力で遠慮したい。
下手したらお店で買うものより美味しいマフィンをモグモグと頬張る。
美味しいものを食べれば自然と上がる頬を放置してあっという間に平らげ、紅茶で喉を潤した。

「あー!美味しかった!ご馳走様でした」
「好きなんだな。また作ってやるよ」
「ありがとう!じゃあ、お皿片付けに」
「ああ名前、ちょっと待て。唇んとこに」

立ち上がろとしたらふと頭上が陰る。
思わず顔を上げれば、火神さんの指が私の唇の端に触れた。

「!」
「っはは、食べカス…、」
「あり、がとう…」

火神さんの指は触れたまま離れる様子が無い。
そしてそれはそのまま私の唇をそっとゆっくりと撫でていく。
意図せず火神さんの虚ろな目を見つめていた私と、火神さんの視線がゆっくりと絡んだ。
その赤い瞳に見惚れた。
一瞬とも数分とも分からないその感覚に動けずにいれば、近付く顔を避けようという意識は無くなっていた。

「ん、」
「っん、名前」
「!」

後頭部を支えられ、流れる様に押し倒された所で私はハッとした。
今、火神さんと…
ロボットと、機械とキスした!
徐々に広がって行く罪悪感、背徳感、良心の呵責、自責の念…後ろめたい気持ちが私を支配していった。
そんな私の気持ちなど知りもしない火神さんの行動は徐々にエスカレートする。
分厚い手のひらが頬を包み、もう片方が腿を撫で上げた。

「っか、火神さん!」
「なんだ」
「ちょっと待って!」
「ちょっと待てばいいのか?」
「っ違います!って、ちょ、あっ」

火神さんの唇が首筋を這った。
熱い。
ゾクリと体が震える。
この震えが何なのか分からない。
『待って』じゃなくて『止めて下さい』そう言えばいい。
なのに私の口からは『拒否』を示す言葉は出て来なかった。
こんなのおかしい。
自分の心境の変化に戸惑う。
もう一度迫った火神さんの唇を顔を背ける事でやっと拒否したその時…
その先に見えた薄い影に唖然とした。

「…」
「あ、気にせず続けて下さい」
「黒子さん!ちょ!退いて下さい火神さん!!」
「は!?なんだよ今すげえいい雰囲気だっだだろ!」
「あ、あ、有り得ません!!」
「おい黒子!お前のせいだぞ!」
「僕はキミを監視していただけです」
「監視の距離明らかに近いだろ!」
「ああ、それはすみませんでした」
「ふざけんな!」
「名前さんが嫌がっていなかったのでとても興味深くてつい」
「!?」
「ったくよぉ…」

黒子さんの言葉に反論なんて出来なかった。
だって私はさっき確かに火神さんを受け入れていた。
分からない。
どうしてなのか。感じたのは相手がロボットであるという妙な後ろめたさのみ。
この背徳感の先には、私の知らない何かが待っているのだろうか。




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