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- introduction -

 20XX年――東京がオリンピックで賑わってから随分と久しいその年に、ある製品が開発された。それは今までの概念を打ち破る程に画期的且つ斬新、そして誰もが一度は妄想した……そんな奇妙で摩訶不思議なモノであった。

 【LOVE MACHINE】

 製品名はアルファベットで11文字。名前の通り機械仕掛けの玩具である。ソレは"玩具"の領域を遥かに超えていた為、企画自体が頓挫しかけていた。しかしある問題に頭を抱え始めた政府は、脱却を目指す為に販売を許可したのだった。

 問題の始まりはあるひとつの論文である。【男性の草食化】から始まり、若者は段々と男女交際を拒むようになった。ある学者はこう説いた。

『SNSでの肯定が、性的興奮のソレに似ている』

 ネット社会に慣れた若者は、他者と肉体的交わりを持たなくとも二次元の世界で理想像を得られ、エクスタシーさえも満す事が出来る。それはやがて【若者のセックス離れ】へと繋がり、そして【成人の童貞・処女率増加】にまで拡がりを見せた。

 センセーショナルなその話題は、若者を焦らせる所か安心感を持たせてしまう。【恋愛や性交】が過去のモノになろうとする――。テレビでは連日、大人達がそう嘆いた。

 特に女性の"セックスへの嫌悪"は、増加を見せた。男性との性交による快感より、他方で受ける快感の方がずっと甘美でゾクゾクする……。セックスと出産に恐怖心を抱く女性も少なくはない。

 そんな世の中だからこそ、この商品は需要を得た。

『汎用人型性処理玩具』

 ソレが"彼等"の正式名称である。単純明解に言えば【歩いて喋るバイブレータ】。

 彼等の使命は【女性にセックスの良さを教える】だ。


 ……………


「――実験は成功だ。おめでとう、SRN10-TG」

 研究員の激励に返事をする様に足を踏み出した【SRN10-TG】は、着地させた足裏に水の感触を感じた。

 培養液で濡れた床は、天井のライトを反射させる。至るところに張り巡らされた無数の排気ダスト。そして目の前の巨大な水槽、中身は空。何故ならそこで培養されていたモノは、現在水槽の目の前に居るからだ。グチャグチャで色とりどりの配線が水に濡れた床を這う。随分と旧式な実験室である。
 
 研究員から渡されたガウンは白く、肌触りが心地好い。全員の視線を受けた"ソレ"は、衣服を腕に通しバサリと羽織る。

 燃える程に赤い髪が毛先に向かい黒くなる。その下にある赤い眼光は鋭く、吊り上がった目尻が強気で獰猛な性格を表していた。男らしい顔付きに少し不自然さも感じる『二股に分かれた眉毛』が"ソレ"最大のチャームポイントになるだろう。

 前開きのガウンから覗く肉体は鍛え上げられ、喉仏から鎖骨そして胸筋、割れた腹筋へと筋肉が流れる。かと思えば程好く括れたウエストが色気を醸し出していた。

 "ソレ"が歩く度に技術者達の自信が明け透けて見える。190cmと云う高過ぎる身長は、設計上やむを得ない。【SRN10-TG】は、二足歩行型ロボットだ。技術者達が汗と涙を流し、そしてほんの少し膀胱から血を流した努力の結晶である。滑らかな皮膚は毛穴まで精巧に再現され、毛の一本一本も身体の動きに合わせ揺れる。キョロキョロと見渡す瞳の動きは、人間と比べても謙遜無い。

 ガウンの前を閉める事なく、思い付いた様にコキコキと2・3回首を鳴らした"努力の結晶"は、ニヤリと唇の端を吊り上げる。

「――で? オレはどいつを相手すりゃ良いんだ?」

 自信に満ち溢れ、バスの効いた声が実験室に響く。

 これが【SRN10-TG】――火神大我が最初に発した言葉であった。


 そうして――圧倒的倍率を天文学的確率で越え、友人が勝手に応募した"モニタリング"に当選してしまった名字名前の【苦難と愛の日々】が始まるのだった。彼女の日常に、ハチャメチャな非日常ロボットがやって来る。

 ――それも二台同時に。






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