ちびたか! 2013ハロウィン「みやじー」
昼食を終え、五限目が始まるまで寝ようとした時、宮地さんはクラスの女の子に声をかけられました。
「ん?」
基本的に女の子には優しい宮地さんは、嫌がる素振りは見せず普通に返事をします。
俺だったらぜってー無視される! なんて高尾はセーターのポケットに身を隠しながら思いました。
「トリック オア トリート!」
宮地さんを呼んだクラスの女の子は、宮地さんに向かって聞き慣れた言葉を発すると共に、手を突き出します。
宮地さんと高尾はすっかり忘れていましたが、今日はハロウィンです。
宮地さんは毎年聞くその言葉を聞いて、初めて今日はハロウィンか、なんて思いました。
――はぁ? なんだこの女! まじ図々しくね!?
思わずポケットから顔を出してしまいそうなくらい高尾はその言葉に驚きました。
それと同時に腹もたってきます。
「ああ、ちょっと待って」
そんな高尾には気付かず、宮地さんはエナメルを漁ると、中から飴を取り出します。
「これしかねぇけど」
宮地さんは何でもないように女の子の手の平に飴を置きました。
女の子はというと、本当に貰えると思っていなかったのか顔を赤くして手の平に置かれた飴を見つめます。
その様子を、ポケットの縫い目から高尾はこっそり見ていました。
「あ、宮地! 私もトリック オア トリート!」
勇気ある女の子に釣られ、他の女の子も宮地さんの下へ集まってきます。
普段なら緊張して声を掛けられない女の子も、こういうイベントであれば別です。
宮地さんは内心面倒くせえと思いながらも、女の子に飴を配っていきました。
ポケットの中で高尾がどんな顔をしているか、なんて気にもせずに。
昼休みが終わってからというもの、移動教室や部室までの廊下、さらには部活後まで宮地さんは女の子から例の言葉を言われ続けました。
同級生や更には後輩にまで。
宮地さんはこの日初めて女子の情報網怖っ! と木村さんから言われた言葉で思いました。
――宮地お前女子にハロウィンのお菓子あげただろ。
うちのクラスの女子まで何か言ってたぞ。
なんて言われて宮地さんは顔を引き攣る事しか出来ません。
最後の方は飴が無いと断りましたが、中にはじゃあ悪戯しちゃおっかな、なんて強者もいました。
「あーまじ疲れた」
家に帰るなりベッドへダイブした宮地さんは、高尾の存在を忘れていて思い切り潰してしまいます。
「ちょ、苦しい!」
セーターのポケットから聞こえた高尾の声に、宮地さんは慌てて上体を起こすと、高尾をポケットから取り出しました。
「わり」
苦しそうな高尾に向かって宮地さんは謝りますが、高尾は少し宮地さんを見てから別に……とだけ答えます。
「何拗ねてんだよ」
あからさまにそっぽを向いた高尾に、宮地さんは眉間に皺を寄せながらこっちに向かせようと高尾の頬を指で挟みました。
「いやー別に……宮地さんはモテモテでいっすねー」
顔は宮地さんに向いていますが、高尾は目を逸らしながらボソボソとそう呟きます。
「あー今日のあれか」
宮地さんは罰が悪そうに言葉を紡ぐと、仕方ねえだろと最後に付け足しました。
正直今日のあれは自分が悪いと思った宮地さんは、高尾に謝ろうとしますが、何を言っても言い訳にしかならないような気がして、なかなかそれを言葉に出来ません。
「宮地さん……トリック オア トリートって言って下さい」
宮地さんが視線を泳がせて考えている間に、いつの間にか高尾は宮地さんを見ていました。
宮地さんは高尾の言葉の意味がわかりませんでしたが、今この沈黙を破る為には高尾の言う通りにするしかないと思い、宮地さんは今日散々言われた言葉を口にします。
「トリック オア トリート」
「んじゃあ宮地さんもっとこっち来て下さい」
高尾がお菓子を持ってる様子は無いので、悪戯する気だろうなと思いながら宮地さんは高尾に顔を近付けます。
顔を近付けながらふと去年は乳首噛まれたな、なんて思い、多分不意をついてキスでもしてくんだろ、と宮地さんは思いました。
「宮地さん」
「あ?」
――ペチ
唇に来るであろう柔らかい感触は訪れず、宮地さんの顎に少しだけ何かが当たった気がします。
ん? と目線を下の方に遣れば、高尾の手の平が顎に張り付いていました。
「くっそ……ちっせーとこれくらいしかできねぇ……」
その手は少しだけ震えていて、宮地さんは怒る気にもなれません。
「なに?」
宮地さんは一旦高尾を自分から離すと、高尾を見つめてこの行動の真意を問いただします。
「…………」
宮地さんが高尾を見つめても、高尾は答える気がないのかそっぽを向いたまま動きません。
しかし、宮地さんは分かっていました。
自分がもし目の前で今日自分がした事を高尾にやられたら、きっと高尾に酷い事をする。
声を掛けてきた女子にも何らかのアクションを
起こす。
でも、高尾は小さくなった今、宮地さんに全然痛くないビンタをする事しか出来ないのです。
「……高尾、悪かった」
小さくなってしまった恋人の心の中を想像したら、素直に謝罪の言葉が出ました。
「次……やったら俺真ちゃんのとこ行くんで」
相変わらず高尾はそっぽを向いたままですが、高尾を纏う空気が変わった事に宮地さんは安堵します。
「いや、今日は油断しただけだから……」
今日一日を振り返って宮地さんは苦笑いを零します。
バレンタインや誕生日はなるべく一人にならないように、誰かといて女の子にチャンスを作らないようにしていました。
宮地さんは自分がモテる、とは思っていませんが、恋人がいる手前プレゼントは受け取れない為、断るのが面倒なのです。
まさかハロウィンまで気を付けないといけないなんて全く思っていませんでしたが。
「宮地さんはモテモテなんすから気をつけて下さいね!」
漸くこっちを向いてくれた高尾に言われ、宮地さんは素直に頷きます。
正直、後輩にビンタを食らって腹がたたなかったかと言われれば嘘になります。
しかし、付き合って初めて高尾の本音が聞けた気がして、宮地さんはそれが嬉しくもありました。
小さくなった高尾には申し訳ないですが、毎日一日中一緒にいれて良かったと宮地さんは思います。
いつかは元に戻る事は分かっていますが、元に戻る前にもっと高尾の本音が聞きたいと宮地さんは思いました。