ちびたか! 高尾誕


「ちょっと出掛けてくるわ」

肩に乗せていた高尾をテーブルの上に下ろすと、宮地さんはハンガーに掛けてあった上着を適当に羽織りました。

「どこ行くんすかー?」

財布をズボンのポケットに入れて出掛けようとする宮地さんに、高尾は聞きます。

「コンビニ」

宮地さんは短く目的地を告げると、高尾を部屋に残し出掛けてしまいました。

部屋に残された高尾は、その場に胡座をかいて座ると、顎に手を当てて今日一日の宮地さんを思い返します。

昨夜、日付が変わった瞬間に高尾は誕生日を迎えました。

その時宮地さんに誕生日おめでとう、と言われ、プレゼントは無くても覚えていてくれた事が高尾は嬉しかったのです。

そしてそのまま暖かい気持ちで眠りに就きました。

それ以外は特に何もなくいつも通りだったのですが、今日高尾は宮地さんの口癖ともいえる物騒な言葉を聞いていません。

それに今日宮地さんは何だか優しいのです。

普段はポケットに入れられる高尾ですが、今日は高尾が一番好きな場所――肩に乗せられる事が多かったり、お弁当も今日は希望通りお肉をくれたり……。

そんな宮地さんに高尾は少し戸惑ってしまいました。

家に帰ってきてからも、何だか優しいような甘いような空気が漂っていて、何だか落ち着きません。

高尾は宮地さんの今日一日の行動を、自分の誕生日だから? と考えますが、いまいちピンときません。

「つか宮地さん遅くね?」

ふと思い部屋の時計を見ると、宮地さんが出掛けてから三十分以上も経っていました。

どんだけ遠いコンビニに行ってんだよ! と心の中でツッコミを入れると、部屋の外から階段を登る音がします。

その音で宮地さんが帰ってきた事を高尾は悟ると、じっと扉を見つめました。

「ただいま」

「お帰りなさ……って、ティッシュ!?」

部屋の中に入ってきた宮地さんは、片手にティッシュ、もう片手にケーキが入っていそうな箱を持っています。

その似合わない姿に、高尾は吹き出してしまいました。

「おまっ……笑ってんじゃねーよ! つぶ……」

宮地さんは潰すぞ、と言いかけて慌てて口を結びます。

物騒な言葉が飛んでくると思っていた高尾は、あれ? と拍子抜けしてしまいました。

「宮地さん?」

「コレ」

高尾が宮地さんの顔を覗き込みながら名前を呼ぶと、宮地さんは手に持っていたものをテーブルに置きます。

「誕生日プレゼント」

宮地さんは照れ隠しなのか、乱暴に座りながらそういうと、箱の中からケーキを取り出しました。

高尾はプレゼントにティッシュって……と思いながらも、いつもより高いティッシュの箱に、自然と笑顔が溢れます。

高尾が、どんな顔して宮地さんがティッシュとケーキを買ったのか想像して笑いそうになるのを堪えていると、目の前にいくつものケーキが並んでいました。

「え……宮地さんこんなに食うんすか?」

目の前に並べられたケーキの数を見て、高尾は目を見開きながら宮地さんに問います。

「食わねーけど、お前が何のケーキ好きか分かんなかったからとりあえず色々買ってみた」

宮地さんはばつが悪そうに後頭部をガシガシと掻きながらも、誤魔化さず高尾の問いに答えました。

「あ、ありがとうございます」

いつもならからかい口調で返す高尾も、やけに素直な宮地さんにつられ、ぎこちないながらも素直に言葉を返します。

しかしなれない空気にお互い無言になってしまい、高尾は視線を彷徨わせて必死に話題を探しました。

「えっとー……宮地さん何か今日優しくねーっすか?」

早くこの空気をなんとかしたくて、高尾は今日一日ずっと思っていた事を口にします。

「はあ?」

高尾にそんな事を言われると思っていなかった宮地さんは、眉間に皺を寄せて高尾を見ました。

「誕生日だからって事はわかってるんすけど……」

宮地さんがまさかプレゼントとケーキまで用意しているなんて思っていなかった高尾は、最後にぼそっと宮地さんらしくない……と付け加えます。

「はあ……お前なぁ、今の状況わかってんのかよ」

宮地さんは溜息を吐くと、ぐりぐりと高尾の頭を撫でました。

「お前祝ってやれんの俺だけなんだぞ」

ぐりぐりと高尾を撫でながら、宮地さんは高尾の顔を覗き込みます。

高尾は毎年家族や友達からお祝いの言葉やプレゼントを沢山貰っていました。

それは毎年当たり前の事で、今年もそうなるだろうと思っていましたが、今年は違います。

今年は小さくなった事で、宮地さんしか高尾を祝うことが出来ないのです。

高尾は正直宮地さんに祝って貰えればそれでいいと思っていましたが、どうやら宮地さんはそうではなかったようで、自分しか祝えないという責任を感じていました。

だから今日一日は高尾の事だけを考えて行動していたのです。

「宮地さん……」

今日一日優しかった事、ティッシュを買ってくれた事、恥ずかしい思いをしてケーキ屋さんに入った事。

全て誕生日だから、と軽い気持ちで考えていた高尾は宮地さんの言葉を聞いて、宮地さんに出来る精一杯の事をやってくれたんだな、と思いました。

「高尾、とりあえずケーキに飛び込め」

「はあ!?」

宮地さんは笑いながらそう言います。

「お前ケーキに飛び込めるなんて全人類の夢だぞ」

宮地さんは高尾に向かってそういうと、どのケーキがいいか高尾に聞きました。

宮地さんが楽しそうにしているので、高尾もノリノリでそれに答えます。

「宮地さん……ありがとうございます!」

高尾は宮地さんに向かって叫びました。

「お前に言われると気持ちわりい」

何だかんだいつも通りに戻った宮地さんの言葉に、高尾はひでー、と言いながら笑います。

高尾は沢山の人に祝ってもらえるのも良いけど、ただ一人――好きな人に祝ってもらえる方が良い、と柄にもなくくさい事を思ってしまいました。




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