魔法使いとシンデレラ
「デートって何着たらいいのかな?」
「どこ行くデート?」
「決まってないけど……普通のデート」
歯切れ悪く答える私に、響香ちゃんはニヤリと笑って、ふぅん、とやけに間延びした相槌を打って
「買い物付き合ったげる」
この辺では一番大きなショッピングモールの、普段あまり入ることのないブランドの服屋さんの、少し広めの試着室の中で、私はいまひとつしっくりこない自分の姿にため息を吐く。
「おーい、ナマエ〜」
試着室のカーテンを揺らして、響香ちゃんが出てくるように促す。しぶしぶ見せる覚悟はしたけれど、最後の悪あがきに、顔だけ出して忠告をする。
「ぜっったい着こなせてない! なんか違うの」
「とにかく一回見せてよ」
ううぅと変な声を出しながら、試着室のカーテンは開かれた。かわいいじゃん、という言葉はありがたいけれど、今はお世辞としてしか受け取れない。パフスリーブにレースの襟に花柄。可愛い女子全開のワンピース姿を上から下までじろじろと品定めされて、顔に熱が集まる。
「私はアリだと思うけど、ベストかって言われると、んー、ガーリーな感じじゃなくて、もっとシンプルなのがいいのかな?」
「そうかも……レースとかリボンとか似合わないよ、私」
それに、あの人の隣に不釣り合いな気がする。
「ま、せっかく来たんだから色々試さなきゃでしょ」
確かに、とりあえず次の店行こう、とカーテンを閉めて、上げきれていなかった背中のファスナーを下ろした。
お店の方には申し訳ないけど、何も買わずにお店から出て、ショッピングモールの通路を2、3歩歩いた時。見慣れた黒ずくめとブロンドのコンビが目に飛び込んできた。
隣で「あ」と響香ちゃんも気づいた。隠れたくて彼女の腕を引こうとしたのに、伸ばした手は空ぶり。
「マイクせんせー相澤せんせー」
響香ちゃんが大きく手を振り先生たちを呼ぶと、あちらも気づいて、どんどん近づいてくる。
「YO! リスナー! 偶然だなぁ」
「こんにちは」
「お久しぶりです! ナマエがデートで着る服に悩んでて、色々見にきたんです」
「ほほ〜」
ニヤニヤと顎に指を添えて、マイク先生は私を見る。朗らかに説明する響香ちゃんの横で、私はもじもじと俯いた。そりゃそうだ。件のデートの相手というのが、マイク先生の横でつまらなそうにしている相澤先生なんだから。
雄英高校の卒業式、私はようやく相澤先生に告白をした。生徒であるうちから気持ちはバレていたと思うし、その上で嫌われていない自負もあった。先生はハッキリした答えはくれなかったけど、個人的な連絡先を交換して、「本当にこんなおっさんでいいのか、よく考えろ」って言いながら頭を撫でてくれた。たぶん拒否はされてないのだ。あれから一ヵ月、何度かメールのやりとりをして、ようやく先生が食事に誘ってくれた。
「俺のオススメは、あのショップ! 絶対にリスナーに似合うテイストだと思うんだよな」
ビシッとマイク先生が指差す先を見る。シンプルだけど女性らしさのある、大人可愛いって感じの、だけど学生が買うにはちょっと高そうなセレクトショップだ。
「……お金足りるかなぁ」
「ま、いってみよーぜ。絶対気にいる」
歩き出すマイク先生に、おい、と相澤先生が難色を示す。
「一緒に行くのか」
「いーだろイレイザー、メンズもあるぜ」
ショップに入ると、マイク先生は慣れたようにレディースのコーナーで物色しはじめた。相澤先生はポケットに手を入れたまま、私たちの少し後ろでその様子を眺めている。
「先生がたもお買い物で来たんですか?」
「そ! 俺らも服見に、あ、コレいいんじゃねー?」
マイク先生の持ち上げたハンガーには、くすんだブルーのマキシワンピース。自分では絶対に選ばない色だけれど、なるほど艶のないサラサラした生地とくすんだ色味で派手には見えない。そこに響香ちゃんが黒のカーディガンを持ってきて、マイク先生と似合う似合うと盛り上がり始めた。
更に、「こーゆーのはどうよ?」と黒のスカートに黒のサマーニットを持ってきた。スカートは花柄で、でも黒だから大人っぽくて素敵だ。響香ちゃんが今度は「これならジャケットかな」とベージュのジャケットも持ってくる。
「いーじゃん! 着てみなよ。ホラホラ」
背中を押されて試着室に閉じ込められる。パタンと閉まったドアが喧騒を切り離して、突然冷静になる。
なんだか、先生たちまで巻き込んで、これは買わないと……? 確かにすんごく素敵だし、目指していた大人っぽさがあるし、自分にも似合いそうな気はする。チラリと見えた値札にヒッと息を飲み込んで、しかしとりあえず着る他ないとTシャツとジーンズを脱ぎ捨てた。
「ど、どうかな?」
ブルーのワンピースを着てドアを開けると、「ワオ」「大人! 可愛い! にあう!」と歓声に照れてしまう。
相澤先生がいないな、と思っていたら、隣の試着室がガチャッとなり相澤先生が出てきた。なんで先生まで。
「かっこいい……」
「おまえなぁ」
思わず口から小さく本音が溢れる。何故かため息をつく相澤先生と、爆笑するマイク先生、変わるなぁと感心する響香ちゃん。
先生は私のワンピースと同じようなブルーのシャツに、黒のスラックスとジャケットを着ていた。ジャケットはスーツのような生地でなく、もっとラフな感じで、仕事じゃなくてデートっぽさがある。
「リンクコーデじゃん」
「え、響香ちゃん、まってまって」
「いや、バレバレだからね」
「えっ! え?!」
相澤先生への気持ちや告白した事は、誰にも話して無かったのに。響香ちゃんはこのサプライズの成功に満足しているといった表情で、マイク先生はまだ爆笑している。私は顔に留まらず全身熱くなり、言葉が出ない。
ポリポリと頭をかいた相澤先生が、何かを諦めたようにもう一度ため息をついた。
「おまえ、もう一個もあるだろ。さっさと着てみろ」
私は黙って頷いて、試着室の扉をしめた。外では「イレイザー、下はデニムにしよーぜ」と相澤先生のコーデをするマイク先生の声。
服を買いに来たって、相澤先生の服だったんだ。響香ちゃんとマイク先生はグルだ! してやられた。気づくと恥ずかしくて仕方がない。
着替えて試着室を出ると、既に相澤先生も着替えていた。デニムにジャケット、中はVネックのサマーセーターになっていた。
「これも合う!」と喜ぶ響香ちゃんが、私を相澤先生の横に並ばせ、うんうんと頷いている。
マイク先生がどこからかパンプスも持って来てくれた。
チラリと隣を見上げると、少し頬を赤らめた先生が苦い顔をしながら、
「それ、全部買うから、このまま行くぞ」
「……え?」
「さっきのも」
「でも」
マイク先生が店員さんを呼んで、あっという間にタグがカットされて、相澤先生がクレジットカードを出す。
「悪いです、高いし」
「問題無いくらい稼いでるよ」
「ね、私はこの後用事があるからここで解散ね」
「俺も! 貰っといてやれよリスナー、イレイザーあれでも喜んでるから! good luck!」
「ばいばーい」
「まって響香ちゃん、え、どうしよぅ」
「食事行く約束しただろ」
「しました……」
先生は店員さんから、私が元々着てきた服と、ブルーのワンピースを入れた紙袋を受け取っている。相澤先生の服も入れてもらったようだ。
店員さんに送り出されて店を出る。
少し早足な先生に慌てて後について歩くけど、まさかこんな形で初デートを迎えると思っていなくて、心の準備が追いつかない。
3歩くらい後ろを歩いていたら、突然先生は止まって振り向いた。「ほら」と手を出してる。きょとんとしていたら、「手」と低く言って目線を逸らした先生の耳が赤い。
その手をとると、また前を向いて歩き出す。さっきよりゆっくりになった歩調が優しい。
私も先生も、出会った時と全身違う服を着て、まるで何か童話の世界のよう。
「ありがとうございます、服」
「……似合ってるよ」
まだ目線を合わせてくれない先生は、でも優しい顔をしていた。
親友の魔法でプリンセスになった私が、王子様からの告白に頷くまで、あとほんの数分。
「どこ行くデート?」
「決まってないけど……普通のデート」
歯切れ悪く答える私に、響香ちゃんはニヤリと笑って、ふぅん、とやけに間延びした相槌を打って
「買い物付き合ったげる」
この辺では一番大きなショッピングモールの、普段あまり入ることのないブランドの服屋さんの、少し広めの試着室の中で、私はいまひとつしっくりこない自分の姿にため息を吐く。
「おーい、ナマエ〜」
試着室のカーテンを揺らして、響香ちゃんが出てくるように促す。しぶしぶ見せる覚悟はしたけれど、最後の悪あがきに、顔だけ出して忠告をする。
「ぜっったい着こなせてない! なんか違うの」
「とにかく一回見せてよ」
ううぅと変な声を出しながら、試着室のカーテンは開かれた。かわいいじゃん、という言葉はありがたいけれど、今はお世辞としてしか受け取れない。パフスリーブにレースの襟に花柄。可愛い女子全開のワンピース姿を上から下までじろじろと品定めされて、顔に熱が集まる。
「私はアリだと思うけど、ベストかって言われると、んー、ガーリーな感じじゃなくて、もっとシンプルなのがいいのかな?」
「そうかも……レースとかリボンとか似合わないよ、私」
それに、あの人の隣に不釣り合いな気がする。
「ま、せっかく来たんだから色々試さなきゃでしょ」
確かに、とりあえず次の店行こう、とカーテンを閉めて、上げきれていなかった背中のファスナーを下ろした。
お店の方には申し訳ないけど、何も買わずにお店から出て、ショッピングモールの通路を2、3歩歩いた時。見慣れた黒ずくめとブロンドのコンビが目に飛び込んできた。
隣で「あ」と響香ちゃんも気づいた。隠れたくて彼女の腕を引こうとしたのに、伸ばした手は空ぶり。
「マイクせんせー相澤せんせー」
響香ちゃんが大きく手を振り先生たちを呼ぶと、あちらも気づいて、どんどん近づいてくる。
「YO! リスナー! 偶然だなぁ」
「こんにちは」
「お久しぶりです! ナマエがデートで着る服に悩んでて、色々見にきたんです」
「ほほ〜」
ニヤニヤと顎に指を添えて、マイク先生は私を見る。朗らかに説明する響香ちゃんの横で、私はもじもじと俯いた。そりゃそうだ。件のデートの相手というのが、マイク先生の横でつまらなそうにしている相澤先生なんだから。
雄英高校の卒業式、私はようやく相澤先生に告白をした。生徒であるうちから気持ちはバレていたと思うし、その上で嫌われていない自負もあった。先生はハッキリした答えはくれなかったけど、個人的な連絡先を交換して、「本当にこんなおっさんでいいのか、よく考えろ」って言いながら頭を撫でてくれた。たぶん拒否はされてないのだ。あれから一ヵ月、何度かメールのやりとりをして、ようやく先生が食事に誘ってくれた。
「俺のオススメは、あのショップ! 絶対にリスナーに似合うテイストだと思うんだよな」
ビシッとマイク先生が指差す先を見る。シンプルだけど女性らしさのある、大人可愛いって感じの、だけど学生が買うにはちょっと高そうなセレクトショップだ。
「……お金足りるかなぁ」
「ま、いってみよーぜ。絶対気にいる」
歩き出すマイク先生に、おい、と相澤先生が難色を示す。
「一緒に行くのか」
「いーだろイレイザー、メンズもあるぜ」
ショップに入ると、マイク先生は慣れたようにレディースのコーナーで物色しはじめた。相澤先生はポケットに手を入れたまま、私たちの少し後ろでその様子を眺めている。
「先生がたもお買い物で来たんですか?」
「そ! 俺らも服見に、あ、コレいいんじゃねー?」
マイク先生の持ち上げたハンガーには、くすんだブルーのマキシワンピース。自分では絶対に選ばない色だけれど、なるほど艶のないサラサラした生地とくすんだ色味で派手には見えない。そこに響香ちゃんが黒のカーディガンを持ってきて、マイク先生と似合う似合うと盛り上がり始めた。
更に、「こーゆーのはどうよ?」と黒のスカートに黒のサマーニットを持ってきた。スカートは花柄で、でも黒だから大人っぽくて素敵だ。響香ちゃんが今度は「これならジャケットかな」とベージュのジャケットも持ってくる。
「いーじゃん! 着てみなよ。ホラホラ」
背中を押されて試着室に閉じ込められる。パタンと閉まったドアが喧騒を切り離して、突然冷静になる。
なんだか、先生たちまで巻き込んで、これは買わないと……? 確かにすんごく素敵だし、目指していた大人っぽさがあるし、自分にも似合いそうな気はする。チラリと見えた値札にヒッと息を飲み込んで、しかしとりあえず着る他ないとTシャツとジーンズを脱ぎ捨てた。
「ど、どうかな?」
ブルーのワンピースを着てドアを開けると、「ワオ」「大人! 可愛い! にあう!」と歓声に照れてしまう。
相澤先生がいないな、と思っていたら、隣の試着室がガチャッとなり相澤先生が出てきた。なんで先生まで。
「かっこいい……」
「おまえなぁ」
思わず口から小さく本音が溢れる。何故かため息をつく相澤先生と、爆笑するマイク先生、変わるなぁと感心する響香ちゃん。
先生は私のワンピースと同じようなブルーのシャツに、黒のスラックスとジャケットを着ていた。ジャケットはスーツのような生地でなく、もっとラフな感じで、仕事じゃなくてデートっぽさがある。
「リンクコーデじゃん」
「え、響香ちゃん、まってまって」
「いや、バレバレだからね」
「えっ! え?!」
相澤先生への気持ちや告白した事は、誰にも話して無かったのに。響香ちゃんはこのサプライズの成功に満足しているといった表情で、マイク先生はまだ爆笑している。私は顔に留まらず全身熱くなり、言葉が出ない。
ポリポリと頭をかいた相澤先生が、何かを諦めたようにもう一度ため息をついた。
「おまえ、もう一個もあるだろ。さっさと着てみろ」
私は黙って頷いて、試着室の扉をしめた。外では「イレイザー、下はデニムにしよーぜ」と相澤先生のコーデをするマイク先生の声。
服を買いに来たって、相澤先生の服だったんだ。響香ちゃんとマイク先生はグルだ! してやられた。気づくと恥ずかしくて仕方がない。
着替えて試着室を出ると、既に相澤先生も着替えていた。デニムにジャケット、中はVネックのサマーセーターになっていた。
「これも合う!」と喜ぶ響香ちゃんが、私を相澤先生の横に並ばせ、うんうんと頷いている。
マイク先生がどこからかパンプスも持って来てくれた。
チラリと隣を見上げると、少し頬を赤らめた先生が苦い顔をしながら、
「それ、全部買うから、このまま行くぞ」
「……え?」
「さっきのも」
「でも」
マイク先生が店員さんを呼んで、あっという間にタグがカットされて、相澤先生がクレジットカードを出す。
「悪いです、高いし」
「問題無いくらい稼いでるよ」
「ね、私はこの後用事があるからここで解散ね」
「俺も! 貰っといてやれよリスナー、イレイザーあれでも喜んでるから! good luck!」
「ばいばーい」
「まって響香ちゃん、え、どうしよぅ」
「食事行く約束しただろ」
「しました……」
先生は店員さんから、私が元々着てきた服と、ブルーのワンピースを入れた紙袋を受け取っている。相澤先生の服も入れてもらったようだ。
店員さんに送り出されて店を出る。
少し早足な先生に慌てて後について歩くけど、まさかこんな形で初デートを迎えると思っていなくて、心の準備が追いつかない。
3歩くらい後ろを歩いていたら、突然先生は止まって振り向いた。「ほら」と手を出してる。きょとんとしていたら、「手」と低く言って目線を逸らした先生の耳が赤い。
その手をとると、また前を向いて歩き出す。さっきよりゆっくりになった歩調が優しい。
私も先生も、出会った時と全身違う服を着て、まるで何か童話の世界のよう。
「ありがとうございます、服」
「……似合ってるよ」
まだ目線を合わせてくれない先生は、でも優しい顔をしていた。
親友の魔法でプリンセスになった私が、王子様からの告白に頷くまで、あとほんの数分。
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