悲しんでいるあなたを愛する

 毎年、この日は空から彼の気配を感じる。

 バスは速度を落とし、ひとつのバス停で待ち人を乗せる。
 私は膝の上でスターチスの小花を数えることで、顔を上げて確かめたくなる衝動を抑え込んでいた。
 いくつもの空席を通り過ぎて、足音は、一番奥の隅に座る私の近くまでやってくる。
 胸がぎゅうっとして、こっそり鼻から大きく息を吸い込む。天日に干された布団のようなおひさまの香りが、姿より先にその存在を認識させてくれた。
 バスの後尾、長い座席の真ん中に、黒い影が降りてきた。ようやく顔を上げると、一人分の隙間をあけて、去年と同じ長い黒髪に、去年より傷の増えた横顔があった。
「一年ぶりだね」
「ああ」
 これまた去年と同じやり取りに、安堵と感傷が同配合で混ざり合う。
 バスは、ぷしゅうとドアを閉めて、聞き取りにくいアナウンスの後ゆったりと動き出した。
「元気だった?」
「元気だったよ」
 乗客は少ない。私たちの控え目な声は、透明な一人分を間に据えても、問題なくお互いの耳に届いた。
 心地よい揺れが、相澤くんの髪をわずかに揺らす。
 示し合わせてここで合流したわけではない。毎年この日、このバスに私が乗っていることを、相澤くんが知っているというだけ。
「会見見たよ。今、忙しいんじゃない?」
「このくらいの時間はあるさ」
「そう。無理しないでね」
 無理しないなど、ヒーローの卵を預かる仕事柄、ましてやこのご時世では難題だろう。沈黙のまま、相澤くんは、どこからともなくリンドウの花を空席に置いた。
 白い紙で包まれた紫の花は、相澤くんに似ている。
 乗客も降客もないバス停をいくつか通り過ぎて、バスは坂道を登りはじめた。緑が濃くなり、民家は無くなる。目的地はもうすぐ。
「今年は」
 低くて暖かい声が、真夏の強い太陽の光から私を守るように響く。
「大変な報告ばかりになるな」
 どこか遠くを見つめて吐き出された言葉は、決して悲観的ではない。
「いいじゃない、何だって」
 生きててるぜって報告だけで、彼は大満足に笑うだろう。それに、私からの報告は、嬉しいものもあるのでトントンだ。
「相澤くん」
 ん? とこちらを向いた三白眼は、ふと下へ伏せる。
「今年も一緒に来てくれてありがとう」
 生きててくれてありがとう。
 相澤くんは返事をせずに、切なく儚げに微笑んでくれた。

 私は、青い座席に鎮座したリンドウを受け取って、降車のベルを鳴らした。

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