扇風機じゃ冷ませない

 蝉も鳴かない早すぎる猛暑が襲う。
 クーラーの修理依頼は立て込んでいて、どうやらあと数日、扇風機という古代文明を利用して乗り切らなければならないのだ。
 アイス、かき氷、水のシャワー。本日試した涼取りは、どれも効果持続時間が短すぎる。
 年中真っ黒の繋ぎを着ている消太も、さすがに服を脱ぎ捨て、扇風機の前であぐらをかいた。
 古い扇風機は、ブンブンとハネを回しながらゆっくりと首を振って、風は私と消太を平等に行き来する。
「でかけるか……?」
 やる気のない声が、おおげさな風の音に混ざって聞こえてきた。
 扇風機の前に寝転んでいる私は、消太を見上げた。だるそうに座った目が、少しの殺気を込めて、ギラギラ光る太陽を恨めしそうに見つめている。
 ボクサーパンツ一枚。いくつもの傷跡を携えた逞しい背中。髪をアップにして剥き出した首に、ツウッと一筋の汗が流れる。
 ――なんてエロさ。
 熱に行動力と思考力を溶かされた私の脳みそは、汗ばんで艶めく消太に劣情を抱く。仕方ない。だって、血色の良くなった肌から立ち上る色気といったら。普段は暗がりでしか見ていないせいかもしれない。日の下にあっていいのか、こんな真っ昼間から目にすることが後ろめたい程、夜の匂いがする。
「なぁ、どうする……」
 返事をしない私へと振り向き、見下げた瞳ははたと止まり驚いたように見開く。そして、
「えろ……」
 どうやら私と同じ事を感じたらしい。
「ばーか。今したら死ぬ」
 ブラトップ一枚の、少し捲れたお腹に伸びてきた消太の手をペチンと叩く。
 ムッと突き出た唇は、すぐに、まぁ確かにそうだな、と手と共に引っ込んだ。
「どうしよ〜。出かけるのもダルいけど部屋は暑すぎる」
「出かけよう。学校行くか? 職員室は涼しい」
「仕事しちゃうじゃーん。休みなのに!」
 消太ってばこういう時、おしゃれで快適な場所を思いつかないもんね。山田に聞いてみようかなぁ。
 スマホに手を伸ばした時、あ、と消太が声を溢して、ニヤリと笑った。
「ラブホだ」
「え〜?!」
「シャワーもある。エアコンもある。テレビもある。食事もできる」
「ヤれるが一番の理由のくせに」
「最近、暑いって断るおまえのせいだろ」
 あぁそういえば、夏が苦手な私は最近寝る時に消太にくっつきたくなくて、突っぱねてしまっていた。なるほど私ももしかすると欲求不満? それで消太がエロく見えたのかもしれない。
「な?」
 消太は屈んで、汗で濡れた鎖骨にキスを落とす。ぬるりと舌先が私の汗腺から滲み出た分泌液を味わって、ちゅ、と音を立てて離れた。
 もやもやとお腹の中でナニカが疼く。
 なんて簡単に靡いてしまう私。しかしこのような身体に躾けたのも消太だから、もう必然で仕方ない。
「うーん……映画観てもいい?」
「ああ、いいよ」
 消太はクスリと笑って、よっこいしょ、とおっさんくさく立ち上がって服を探し始めた。
 なんだか恥ずかしい。やるために出かけるなんて、おかしい。それなのに、赤くなった顔で一応どの下着を着けて行くか考えてしまうあたり、もう末期だ。
「夏が悪い」
 全部この暑さのせいにしないとやってられない。
「そうだな」
 消太は涼しげなリネンのTシャツにハーフパンツを身につけて、手際よく窓を全て閉めると、ほら、と私にワンピースを投げて寄越した。
 ぱさりと顔にかかってきたそれを掴んで避けながら、消太をジトリと見つめる。
「エアコンが壊れなければ行かなかっただろうからな。紛う事なき夏のせいだ」
 さっきまで茹だるような暑さに苦しんでいた同士のはずが、消太はやけに生き生きとしちゃってる。
 伸ばされた手を掴んで立ち上がると、ワンピースは奪われて、頭からすぽりとかぶせられた。下着を選ぶも何もあったもんじゃない。
「涼みに行くんだよね? そのまま寝れるしね?」
「泊まる気か? やる気じゃねぇか」
「違う! この部屋じゃ寝苦しいから!」
「ハイハイ、そういう事にしておいてやるよ」
 ガチャリ、バタン、カチャ。
 蒸し暑い部屋の中で、止め忘れた扇風機だけが、夏以上にアツい二人を見送ってやれやれと首を振り続けていた。

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