自慢させてよハニー!

 七回。これ、付き合うまでに告白した回数だぜ? 猛アタックってだけじゃどうにもなんねぇの。押したり引いたり、諦め悪く足掻いてさ、大学行ってからやっと付き合うことになって今毎日がハッピーで仕方ないって状況。
 今までだってとびきり仲よかったんだけど、もっと、パーソナルな部分に踏み込む権利を得た。長すぎた親友期間を引きずりながら、それでも最近は、恋人としての時間の過ごし方がわかってきたところだ。
 そんで、今日は同窓会。俺としては公表したいとこなんだケド、彼女はあまり良い顔をしない。
 付き合ったからって、隣に座ろうとか皆んなに発表しようなんて言わない。口では「恥ずかしいじゃん」「ヒューヒュー言われても困る」なんて理由を述べるが、照れてるだけじゃない事は長い付き合いでわかっている。
 言わなくていい、と苦い顔したその裏で、お似合いじゃないとか思われるのを怖がってる。ひざしにはもっと可愛い女の子たくさん寄ってくるじゃん、と何度かわされたことか。それは彼女自身のためじゃなくて、俺のイメージダウンがどーのこーのってさ。おいおいありえねーよ。
 公的にアルコールを嗜めるようになって日の浅い新成人たちは、ノリだけでハイペースに注文を重ねている。
 白雲が俺の隣で大口開けて笑うのを見ながら、その向こうに意識が向いてしまう。
 通路を挟んであっちの卓では、彼女とその友達が、男子に絡まれている、ように見える。仲良くオハナシしてるだけ? どうかなァ。ほら、勝手に男が注文したカクテルが、もう飲めないって困ってる友達の前に置かれて、彼女がそれを庇ってグラスを受け取っている。ノリのいい彼女らしく、軽口叩きながら迷惑を笑いに変えて。お前それ、キャパ超えてんだろ。
「××! ひっさしぶり!」
 白雲が宴会室の端まで大声を届けて、高校時代から片思い拗らせマックスのハニーに手を振っている。腕振りすぎだろぶつかってんぞ。
 今日が勝負だって昨日からそわそわしてたくせに、恥ずかしげの無さはさすが白雲。飲ませないようにしてたのに、酔ってんのかな。
「なぁひざし、あっち行こうぜ」
「あー、俺パス。グッドラック!」
「えぇぇお前のトーク頼みだったのに!」
「俺は俺でハニーがいんの。お前の世話は消太に任せた」
 白雲は、彼女のテーブルを見て、あぁと一人で立ち上がった。
「行って参る」
「おう、健闘を祈ってんぜ」
 白雲の恋の行方は気になるところだけど、それで俺の恋人を傷付けるわけにはいかねぇのよ。
 明るくはっきりしてて、鋭いツッコミ入れてくれるノリがあって、俺と掛け合うテンポが最高なくらいトークスキルがあるくせに、実は彼女の大切な本音はなかなか喉を通過しない。酔った友達に絡まれても、キャパ超えるまで飲まされても、その場の雰囲気を盛り上げて壊せない。その根底にある優しさが愛しくてたまんねぇんだけどさ。俺のところに頼りに来ないんだからこりゃーちょっと指導だよなァ。
 イッキコールが始まった彼女のテーブルに、俺の足はちょっと焦って、狭い人の後ろをかき分けて進む。
 彼女は既に頬を赤くして、目を潤ませて、グラスを両手で持ちながらニコニコと笑っていた。完全に酔ってる。あーあー。
 隣の男子は楽しそうにドリンクメニューを開いて、俺これ頼もっかなぁナマエさんは? なんて次のお酒を促してる。ふざけんな。
「ヘイ、楽しんでるぅ?」
「山田! ひっさしぶり〜! お前相変わらず派手だな!」
 真後ろから声をかけてしゃがむ。ナマエの肩がびくりと揺れて、ふわっと顔だけ振り向いた。
「ひざしじゃーん。わぁい飲んでる?」
「ひざしだよー、ナマエ飲んでんなァ」
 俺が二人の後ろにしゃがんでるのに、体をねじこむ隙間があかない。
「ナマエチャンお酒強いんだもんな!」
 なーんでお前がそれ宣言するワケ? 彼女の肝臓は俺が一番理解してるっつうの。
「なんでも飲むー!」
 お前も楽しそうにすんなって、コイツ、俺とお前の関係知らないでここまで飲ませてるの、意味わかってんの?
 困った。両方にイラッときてる。
「ちょっと飲みすぎじゃね?」
「飲み放題だよー? 飲むしかないっしょぉ」
 ヘラヘラ楽しそうに枝豆を持って、ぴょんと鞘から飛び出した豆がどこかに消える。やばいどこ行った、って笑ってる彼女。普段なら、一緒になって笑って楽しめたはずなのに。今一緒に笑って探してんのは隣の男で。コイツとも仲よかったけど、彼女が絡むとこれは割り切れない問題で。
 今すぐ連れて帰りたい。
 水、と思ってピッチャーを探しに目線を泳がせたら、男がさっとグラスを彼女に差し出した。
「ナマエちゃん水飲む? はいこれどーぞ」
 俺がやろうとしたのに。そのポジション。やべーな全部出遅れてる。あーあー。酔ってんのかな俺も。
「ありがとぉ」
 何素直に受け取ってんだよ。可愛い顔してコンチクショウ。俺からのだけ受け取れよ。やばい。怒ってねぇ。これはイラついてンのとチゲーな。なんだろ。
「ナマエ」
「んー? どしたのひざし、枝豆食べる?」
 行方不明になっていた枝豆を足元から見つけたナマエが、殻入れにそれを放り込んで、俺に振り向いた。そしたら俺は、変な気分になっちゃって。
 なぁ、さっき白雲と飲んでたとき、俺の周りにも結構女の子いたんだけど、気にならなかった?
「アリガトね。でも今はいいかな。なぁ、ナマエ」
 なぁ、お前今狙われて飲まされてんの、気づいてる?
「なになに、え、なになにどうしたの?」
「うわ、なんだろ、悪りィ」
 なぁ、付き合ってるって言いたくないなら隠すけどさ、俺の女に手ェ出すな、ってお前を連れ去りてーのよわかる?
「泣上戸? 悲しくなっちゃったの?」
「ちげーの」
 なぁ、他に好きな子できちゃったらすぐ言ってねなんて、お前、本気で言ってんの?
 なぁ、俺、お前を落とせてないのかなぁ。
「ひざし、ごめん」
 膝の間に顔を埋めた俺の、丸くなった背中を小さな手が撫でる。
 アルコールにかき混ぜられて不安定になった情緒が、その温もりに更にじわじわと目が熱くなる。情けない。情けなくて泣きそうなくらい情けないから泣きそうで情けない。
「……ごめんね」
 何を謝られているのか分からなくて、膝にくっつけたおでこを上げた。ナマエはへにょりと眉を下げて、心配そうに俺を見ている。潤んだ瞳がカワイイ。すき。
「ひざしあっちで楽しそうだったから、ちょっと、張り合ってしまった」
 ハァ?
 ハァァァァァ?
 おい、聞いたかよ、エ? 何、お、ええ、おま。えええ。
 開いた口がなんとやらだぜツンはどうしたアルコールのせいか、デレてんのか、このタイミングで。全く俺をかき回す天才だよクソ落として上げてがうますぎんだろブチ上がったわ、つーか大気圏突破だわお前ノンストップだ後悔すんなよ。しねーよな。
「……俺も、先に謝るけど、ごめん」
「何?」
 俺は立ち上がって、しょぼくれた肺いっぱいに、雑談で濁った空気を吸い込んだ。心にかかった雲が吹き飛んでいく。誰も曇らない、正解の道はやっぱこうだろ。
「ヘイ! エビバティ! 耳の穴かっぽじってよーく聞け!」
「え、ちょ」
 みんなに言ったら恥ずかしい? からかわれる? 別れた報告とか嫌? 別れねーもん覚悟しろ。お前だって思ってねーだろ!
「俺、ナマエと結婚します!」
「初耳ですけど!?」
「シヴィー! ケド付き合ってるんで、全員そこんとこヨロシク!」
 ヒュー! と、キャー! と、おめでとー! がパーティークラッカーみたいに弾けて降りかかる。
 座ったままのナマエを見下ろすと、彼女は、顔を赤くして俺をにらみながら、でも確実に笑いを噛んでる顔してた。隣の男はもう眼中にない。わりーな。
「怒った?」
「んーん。いいよ、すっきりしたかも」
 嬉しいって言えよ、って突っ込むにはまだちょっと俺の中の自信が図太くねぇんだけど。でもきっと、素直じゃないだけだから。
 お前の口に出ない希望まで全部俺が叶えて見せるぜ。





白雲側の二人のお話『こっちを向け、そして俺を意識しろ!



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