こっち向け、そして俺を意識しろ!

 同窓会やるぜ、とひざしから連絡が来たのは、成人式の案内状が届いてからすぐの事だった。
 安い居酒屋チェーン店の広い宴会場。お酒の匂いと雑談と笑い声に溢れ、がやがやと取り止めのない会話が絶えず耳に流れ込んでくる。
 高校を卒業して別々の進路を歩み出した元クラスメイトたちは、会わない間に随分と大人になったみたいだ。お互いの変化に驚いたり嫉妬したり自慢したり、下心を持って探り合ったりと、みんな忙しそうにしている。
「相澤くんとこには誰も集まらないねぇ」
「お前もだろうが」
「まぁね……」
 高校でよくつるんでいた四人組。その半分であるひざしと朧は、離れたところに座っている。彼らの近くに座るのは騒がしすぎるなぁと、私は壁際で飲んでいる相澤くんの隣に来てみたわけだ。
「ま、もうすぐ来るだろ」
「え?」
 相澤くんは口だけでニヤリと笑って、ジョッキを持った手の人差し指だけ伸ばしす。その先へ目線を向ければ、朧が賑やかの中心で笑っていた。
 高校生の頃より少しだけ体格が良くなったような、体脂肪が落ちたみたいなスッキリした顔をして、なのに少年みたいに大きな口を開けて豪快に笑っている。
「朧もひざしも、モテてるでしょ」
「ん。二人でいい勝負だな」
「朧そんなに? あ、じゃあもしかして、ついに彼女できた?」
 相澤くんが、は、と笑った吐息が聞こえた。
 私何も面白いこと言ってませんけど。あぁ、朧の恋愛下手爆笑エピソードでもあるのかも。だってあの、お姉さまの誘いを天然でぶち壊しそうな、邪気の無い顔。勉強ついていけてんのかな。
「ずっと好きな奴がいるんだと」
「へぇ、意外〜」
 相澤くんは会話を区切ってビールを煽る。成人したての飲み会なのに、なんでこんなに小慣れてるというか似合うというか。髭のせいかな。
 何を話しているのか聞こえもしない距離だけど、ひざしが何か言って、朧が大きく動く表情でリアクションして、周りがわっと笑う。男女ともから大人気の彼らを酒の肴に、名前だけで選んだ初めて飲むカクテルに口をつけた。甘すぎる。
 不意に、細まったブルーの目がチラリと私を見て、パチクリと嬉しそうに瞬いた。
「ミョウジ! ひっさしぶり!」
 テーブルの向こうから大きな声でぶんぶん手を振って、太陽が突然こっちを照らして目が眩む。名指しされたら、手を振り返さないわけにはいかない。
「久しぶり」
 飲んでいたカクテルを置いて、小さく振り返す。ひざしの腕を引いて、多分今のは「あっちいこーぜ」って言ったように見えた。ひざしが首を振って断って、朧だけ立ち上がる。
 朧は輪の中心から飛び出して、背中と壁の間をすり抜けてこっちにやってきた。彼が「いーれて!」と愛嬌いっぱいにお願いすると、隣の女子も楽しそうにずれてくれる。隣に大きな体をねじ込んで、私を挟んで朧と相澤くんが乾杯した。
「はい、ミョウジもかんぱーい!」
「朧、結構飲んでる?」
「大丈夫! まだ二杯目だから!」
 半分も減っていないジョッキをドヤ顔で掲げ、ぐびぐびと傾ける。ぷはーっとお酒臭い呼吸でも、爽やかに見えるのは髪色のせいだろうか。
 ドンとジョッキをテーブルに置いた朧が、くてっと背中を丸めて、私の顔を覗き込んできた。笑顔を引っ込めて、大きな目がきょろりと私を観察している。二杯目に見えない潤んだ瞳が、空の中に太陽を輝かせている。
「な、何?」
 見つめられすぎて居心地が悪い。ツンと跳ねた目尻と深い青で、目力がすごくて。私どこか変? ほぼ食べてないし、お化粧だって直前に確認してきたし、変じゃない、はずだけど。
「なぁ〜、ミョウジさ、高校の時より可愛くなった?」
 真面目な顔して、何を言うのかと思えば。相澤くんが視界の外でむせている。
「何言ってんの?」
「へへ、本音〜」
 ぱっちりしていたブルーをふにゃりと溶かして、その大きな体をピンと起こした。視線から解放されて、ほっと息を吐く。なに朧に緊張してんだろ。
 朧は何事もなかったかのように箸を持って、テーブルに並ぶ大皿を見回している。
「朧は、ちゃらくなった?」
「んなことねーよぉ」
 結局、手近なものから全部一個ずつ取り皿に集め始めた。
「相変わらずよく食べるねぇ」
 だし巻き卵、焼き鳥、からあげ、枝豆、揚げ出し豆腐。一緒くたにされていっぱいになった取り皿を前に、彼は律儀にパンと手を合わせる。
「太らないからいいのー」
「羨ましい」
「んーんん」
 あんぐり開けた口に丸ごと一個放り込まれた唐揚げが、頬をもごもごと中から押している。えらの骨が動いて、膨れていた頬があっという間に小さくなって、ごくり、喉仏が上下した。
「ミョウジはもう少し肉つけていんじゃね?」
「肉って。十分たくわえてます」
「嘘だろ!」
 私も唐揚げ食べようかな、と箸を持って伸ばしかけた手の、あろうことか二の腕を、がしりと掴まれた。
「わっ」
 大きな手がわしわしと二の腕の肉を揉む。あの頃なら慣れすぎてなんとも思わなかったけど、久しぶりすぎて驚いてしまった。懐かしいスキンシップが健在で、やっぱり変わってない。未だに誰にでもこうなのか。
「ほらぁ! どこに肉があんだよ〜唐揚げ食え食え」
 私の停止した箸を追い越して、朧が大皿の唐揚げを私のお皿に取ってくれた。二個も。
「ありがとう」
「俺も」
 相澤くんが取り皿を朧に差し出して唐揚げをねだって、私の目の前でお皿と手と唐揚げがわちゃわちゃする。
「しょーたは三個食え!」
「レモンも」
 朧が近い。
 高校の時しなかった、いい匂いがする。目の前を通っていったレモンの匂いかも。
「朧、近い。ってか相変わらずでかい」
「ごめん、俺でっかいんだー」
 そうだ。朧ってでっかいんだ。タッパもそうだけど、手とか、声とか、口とか、とにかく私とはフィジカルの出来が違いすぎる。その大きな体なのに、決して人を威圧しない。大きいと怖い気がするのに、朧は怖くない。人を丸々包み込むような、まさに雲のような暖かさを感じて、高校の放課後を思い出す。
 それにしても、向かい側とも、横とも、分け隔てなく良く喋る。結局朧の取り皿の中身はほどんど減っていない。
 あまり好きとも言えない飲み会の席で、懐かしいけどそれ程今を知らない友人たちとの会話に、私はすっかり疲れているのに。
「んあ、ごめん」
 箸を持つ気にならなくて、畳についたと思った手が、朧の手に重なった。
「何が?」
「手、潰しちゃった」
 朧がこっちに首を回した時には、もう横にずらして触れていなかった。畳の上で、朧の子供みたいな体温の手が、私の手に重なる。
「んな事で謝んなよ。触りたいだけどうぞ!」
 にかっと屈託のない、曇りもない、可愛い笑顔が全開に披露された。
 指の間に、指が入ってくる。二の腕にしたみたいに、にぎにぎと手が揉まれる。これ、酔ってる、よね。
「さ、触りたかったわけじゃ」
「俺は嬉しいけど」
「へ?」
 へへへ、といたずらっぽく鼻をかいて、温もりから解放された。肌がふわふわと残った熱に侵食される。パッと横の相澤くんを見ると、彼はびくりと肩を跳ねさせて、焼き鳥をくわえたまま「なんだ」と視線で訴えてきた。
「朧、大人になったような、変わってないような、不思議な感じするね」
 ん、と串を抜いて、もぐもぐと咀嚼するヒゲが面白い。
「確かに、でもほぼ変わってないな」
「え、俺大人っぽくなっただろ?」
 会話に割り込んできた朧は、心外だ! と眉を歪めて唇を尖らせている。そのどこが大人なのか問い質したい。
「大人っていうか、あ、でもモテるんだってね。さっき聞いたよ」
「えっ、俺の話してたの? 何?」
 朧はパッと明るい表情になって、私と相澤くんを交互に見た。
「まぁ、頑張れ。どんまい」
 相澤くんのわけの分からない返事に、その晴れた顔が曇る。
「え?! え?! どんまいって何?! ミョウジ彼氏できたの?!」
「できてないけど……」
 泣きそうに揺れてた瞳が、今度は喜びに染まって、あっという間に強く相澤くんを睨む。表情がコロコロ変わりすぎて面白い。
「あーよかった! なんだよもーしょーた脅かしやがって」
「よかったって何……え、相澤くんなんか今日の朧変じゃない?」
 相澤くんの方へ首を向けると、彼はおにぎりにかぶりつきながら、めんどくさそうに目を細めた。いつ注文したんだそれ。
 おにぎりに目を奪われていると、突然ひざしの声が部屋中に響いた。三人でそっちを見ると、なんと、堂々の交際宣言。
「ひざしよかったね」
 きゃーとかわーとか、祝福に湧き上がるその隅で、ペン、と頭の上に熱が降ってきた。朧の大きな手が私の頭を掴む。
「ちょ、髪」
「へん、じゃ、ない」
 変、やっぱり変だよ。
 ぐっと、その手が私の顔を朧に向ける。力に沿って振り返れば、朧はむくれた頬を染めて、ぽんぽんと頭の上の手を優しくバウンドさせた。それは可愛がるような、失礼な発言へのお仕置きのような、絶妙な力加減で。
「変、朧、変だよ?」
「ぐぬぬ」
 不満そうな顔は、あまりに近い。スキンシップ多め、人との距離感バグってる、懐かしいよ確かに前からそう、そうだけど今日はあまりに、だって、あんまりに。
「じゃあさ、何で変か、当ててみて」
 むくれてる、というよりは、余裕のないその顔に、私はようやく相澤くんの放った伏線の回収先を自覚した。
 あら、嘘、ごめんね、意識した事なくて。でもさすがに照れる。
「朧……酔ってるね?」
「ミョウジのばかぁ!」






山田側の二人のお話『自慢させてよハニー!


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