雨の日の話

 大胆で堂々としている。そんなところが素敵だと思った。
 個性で目隠しをするときの爆発的広がり、ひゅんと雲に乗って飛び回る三次元的躍動。明るくて表情がコロコロ変わって、人を惹きつけるのが上手で、つい彼に視線を奪われる。快活明朗、まさにヒーロー、だなって思った。
 憧れ、だと思う。あんな風になりたい私は、なのにクラスのみんなにすら「ようよう」と気軽に話しかける事もできなくて。ニコニコ笑ってみても、どこか人の輪に踏み込めていない、一歩線の外を感じていた。
 あんな風に、誰の背中でもぽんと叩いて、自信たっぷりに「おまえならできるよ」なんて言えたら。いやいや、それは彼が素敵な人だから意味があるんでしょう。いや、そう言えるから素敵な人なのかな。私、捻くれているのかな。私なんかに励まされても、何の意味もないんじゃないかって思ってしまう。だから個性の使い方もどこか縮こまっていて、もっと伸び伸びやれって、言われてしまうんだ。
 実技の講評が良くなかったから落ち込んでいるのも相まって、今日とてもネガティブになっている。
 そんな気分、で雨に濡れながら歩く帰り道。たぶん私は相澤くんとの方が気が合うんじゃないかな。私と相澤くんじゃ、会話も盛り上がらなくて無言になりそう。白雲くんは相澤くんとあんなに楽しそうに話してるのに。私はやっぱり白雲くんみたいになれない。
「風邪ひいちゃうよ」
 突然、雨が止んだ。
 振り返れば、白雲くんが、私に傘を差し出したために濡れている。
「白雲くん」
「うん、俺! 入っていい?」
 ニッコリ笑った彼は、狭い傘の中にその大きな体を詰め込んできた。私も雨から守ったまま。肩の触れ合う、どころか少し重なっているくらいの距離感。ドキドキより戸惑いが勝って、私は一歩、その傘から退いた。
「私、いいよ、もう濡れてるし」
「そ? ショータみたいだな!」
 ずしんと心が重くなる。私の憧れは、相澤くんより、白雲くんみたいな、なのに相澤くんみたいだって。じゃあ白雲くんならどうするの。どう反応すれば私は明るい子になれるの。ラッキーありがとう、かな?
 ここで、拒絶だけしたら、私はずっと彼に近づけないんじゃないかって恐怖が背中を寒くする。大胆に、伸び伸びと、明るく、私に足りない全部。
 白雲くんは大きな吊り目をパッチリ瞬いて、私を見ている。その瞳を真っ直ぐ見つめる。私なんかの言葉を待ってくれてる。
「やっぱり、いれて」
 その一言に、どれだけ勇気を振り絞ったか、彼にバレていないといいな。
「もっちろん」
 笑ったその顔が、一歩、私の線を越えて傘と一緒に寄ってきた。濡れてる私の肩に、かまわず彼の乾いた制服がくっついて、水分が移っていく。申し訳ない私なんかのために、を飲み込んで、親切にどうすべきか、さっき言えなかった言葉を喉に準備した。
「あ、ありがとう、白雲くん」
 ん、と短く返事をしながらゆっくり踏み出した足は、私に合わせて歩幅を小さくしてくれている。雨水をぐちゃぐちゃのつま先が踏んで、彼に跳ねないように、私はずっと下を向きながら慎重に歩く。
「おまえもやるだろ、俺が雨に濡れてたらさ」
 え。そうだろうか。もし白雲くんが雨に濡れて歩いてたら。そうしたい気分なのならそれを尊重しようかなとか、今話しかけない方がいいかなとか、ごちゃごちゃ考えて、結果、結果、傘を――
「絶対、傘に入れてくれんだろ?」
「……うん」
 うん。うん、そうかも。今、そうなった。そうする。
「だからお互いさま!」
 お互いさま、とは。
「まだ私、白雲くん傘に入れてないのに?」
「そのうちそんな機会が訪れた時のお互いさま!」
「ふふ、なにそれ」
 そんな、訪れるか分からない未来に、私に助けられる想定をしてくれるの。途方もなく馬鹿馬鹿しいお互い様に、思わず笑ってしまった。だって、白雲くんが、とぼとぼ雨に濡れて歩く予定があるの? 似合わなすぎる。
 突然、止まったつま先に、私も半歩遅れて足を止める。長身をひょいと屈めて、彼のキラキラした目がが、私の中途半端な笑顔を覗き込んできた。
「可愛い」
「え」
 ビックリして笑いは引っ込んで、目を丸くする。白雲くんは反対に大きく口を開けて笑い始めた。
「あはは、変な顔!」
「な」
 そんな顔にさせたのは白雲くんじゃない。いきなり可愛いとか、どうしたの、やめてほしい。揶揄われてる? 眉間に皺が寄って、理解しきれない彼の行動に、どう対応したらいいのか困ってしまう。
「コロコロ変わって面白いな!」
 生まれて初めて言われたよ。それは白雲くんの方だよって、あまりの驚きと戸惑いに声にならない。彼は勝手に笑って、勝手に私を喜ばせて、勝手に私に勇気をくれる。
「でも、笑った顔が一番いいぜ!」
 今度は真っ赤になった私の顔を、白雲くんは笑い飛ばして、また歩き始めた。足を、踏み出すしかない。傘からはみ出してしまうから。
 心臓がドキドキしている。寒かった背中は熱くなってる。
「なー、俺んちもう着いちゃうんだけど」
 よかった。これ以上はもう何を話したらいいのかも分からないし緊張が終わる予感に安心した。のも束の間。
「服、なんか貸すから着替えてけよ」
 え、と見上げた斜め上。鮮やかなスカイブルーの傘を背負って、白雲くんは、一点の曇りもなくニコリと私に笑いかけた。
 まだ正解がわからない、私はその親切に、どう、返すべきなの?

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