最後の一口はいっしょに

 ――クレーム入った。これからミーティング。ごめん
 簡潔なメールにため息をつく。
 久々に2人の休みが重なって、1日中デートしたいという彼女の希望通り、朝早くからカフェで待ち合わせをしていた。
 約束の時間から5分後に震えたスマホ。毎日仕事を頑張る彼女だから、寝坊して焦っている姿を想像していたのに。まったくの見当違いだった。
 待ち合わせ15分前からコーヒー1杯で待っていたけど、仕方ない、一緒に食べたかったモーニングセットも頼んでしまおう。
 無理をしてないといい。やりがいを感じて働く彼女はキラキラしていて好きだけれど、家でも仕事ために頑張りすぎていると思う。仕事で必要な知識のために勉強したり、取引先の担当者と話を合わせるために将棋を覚えたり。俺は寮にいることが多いから、いつだって後になってからそんな彼女の努力を知って、無理しすぎだの夜はさっさと寝ろだの口うるさく言ってしまうのだ。
 モーニングセットを食べながら、さて、空いた1日をどう過ごそうか考える。
 彼女は今日は服を買いに行きたいと言っていた。流行りのよく分からない名前のスイーツも食べたくて、映画も見たくて、あぁそうだ、ヒールが折れた靴があるから靴も買わなきゃと言っていた。
 まだ服屋なんてどこも開いてないな。開いてたとして、俺では何を選べばいいのか、彼女の好みもサイズも知っているけど何も買えないだろうな。一緒にいればきっと、あっという間に開店時間になって、早く行かないとやりたい事がやりきれない! なんて彼女に急かされて街を歩くんだろうな。
 俺は、そうだな、何がしたかっただろう。たぶんまた片付けまで手が回っていないだろうから、彼女の家で掃除を手伝ったりして、また惣菜とかコンビニばかり食ってるなと怒って、消太だってゼリーばっかりじゃんって反論されて。俺はいいけどおまえはやめとけって理不尽なこと言って、それで、一緒に買い物に行ってご飯を作りたい。
 まぁ、今日は無理だろうが。
 不意に震えるスマホが、彼女の名前を写している。
 ピ、と通話を押して耳に当てる。バタバタと走る音と、息切れの彼女の声。
「消太! ごめん!」
「どうした」
 謝るなよ、おまえが悪い事ひとつもないのに。
「先方の勘違いだったって謝られた! すぐ行くから、どこにいる?」
「まだ待ち合わせ場所にいるよ」
 奇跡的におまえが現れるんじゃないかって、動けなかったよ。
「モーニングセット、たべちゃった?!」
「食べたよ」
 ほんとはまだ一口残ってる。おまえがいなくて、レビューほど美味しく感じなかったから。
「あ゛ー! すぐ、すぐ行くから私の分も注文しといて!」
「着いてからでいいだろ、冷めるよ」
 注文しといてやるから冷める前にさっさと来いよ。
「消太、怒ってる?」
「怒ってないよ」
 けど、さっきは悲しくなったし、今は嬉しくなったよ。
「ごめんね。私がミスるわけないと思ったんだよね、だから絶対向こうのミスだと思ってめっちゃ資料見直して」
「自信ありすぎだろ」
 そういう仕事できて誇りあるところが好きだ。
「会いたかったから頑張った」
「偉かったな」
 服も靴も映画もスイーツも料理も全部しよう。
「すぐ、着くから、私のことだけ考えて待っててよね」
「バカ。いいから、切るぞ。気をつけて来いよ」
 言われなくても、もうずっとおまえのことばっかり考えてるよ。
 通話終了の文字、自然と緩む口。カフェの観葉植物がさっきより元気になったんじゃないかと思うほど、世界が色鮮やかに輝きはじめる。
 恐らくあと10分で着くだろう。ちょうど着いた頃に出来たてになるように、5分後にモーニングセットを注文しよう。残ってる一口はおまえが来るまで取っておこう。たった一口でも一緒に味わえたら喜ぶだろうから。
 頑張りすぎのおまえをどう甘やかすか考えて待ってるから、覚悟して来いよ。

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