はじめてのカーネーションは両手に

『Mother’s day』の文字とカーネーションのイラストが、ショッピングモールのあちこちに咲いている。
 幼稚園で母の日を覚えてきた息子が、消太と何やら秘密の相談をしていたのが数日前のこと。一体何を企んでいるのかな。ワクワクして迎えた日曜日、私が、夕飯の買い物に行こうかなと立ち上がると、消太と息子は待ってましたとばかりに顔を見合わせ「あー、一緒に行こうかな」と、わざとらしくせかせかと出かける準備を始めたのだ。
 そして、消太の運転する車は、予定していた最寄りのスーパーじゃなくてショッピングモールへと到着した。
 今日ばかりは、花屋でなくてもカーネーションを売っている。子どもたちが真剣にカーネーションを選んだり、一輪のカーネーションを持って嬉しそうに父親と歩いている姿がそこかしこで見られた。

 買い物がひと段落して、トイレに行きたいと言った息子は、消太と手を繋いでスキップで私から離れていった。
 賑やかなショッピングモールの、通路にあるベンチで、ふぅっと一休み。さて、帰ったら洗濯物を取り込んで、それから、幼稚園に提出するプリントを書いて、えーと。
「こんにちは
 ぼーっと考え事をしていた私に、急に降ってきた声。間延びした男性の声は消太のとも息子のとも違い、セールスかなんかかと見上げると、明るい髪色の若い男性が二人、目の前に立ってニコニコ私を見下ろしていた。
「ねぇ、お姉さんどストライクなんだけど、俺らとちょっと遊び行きません?」
「はぁ、ええと、私……」
 これは、まさか、世に言うナンパ? というやつなのかもしれない。結婚して息子もいる身になって、人生で初めての経験にぽかんとしてしまった。いやぁ、私もまだまだ捨てたモンじゃないのかも。なんて、困りながらもへらっと薄く微笑んでしまった。
 すると、彼らのうちの一人がしゃがんで、私のひざのすぐそばで首を傾げて覗き込んできた。
「気弱そうなとことたまんね。運命かも? 俺のモンになりません?」
「それは……」
 なれやしないですよ、と、喉に用意したその時。
「嫁に何か」
 普段の五倍くらい低音の、それにしてやけに冷静な冷たい横槍が。いや助け舟が。
「は?」
 ぱっと首を回した若者たち。背後に立つ消太の髭面を見て、はっと息を呑んだのがわかった。
 小さな黒目の眼光はヴィランを見るそれ。怒りを表に出してはいないけれど、無表情がむしろ迫力を増強している。その横で、消太と手を繋いだ息子はちょっと息を切らせているから、慌てて駆けつけてくれたのがわかった。
「今すぐ立ち去るなら通報しませんが、どうします」
 そう言って取り出したのはヒーローライセンス。こんなところで権力を見せつけて。
 消太は、慌てて逃げる男の背中を眉間に皺寄せて見送って、不機嫌に尖らせた唇のまま私にも厳しい目をくれた。
「即断れよ、あーゆーのは」
「びっくりしちゃって」
 あいつも指輪くらい見ろ、結婚して子どもも生まれて数年経つってのにまだ心配せにゃならんのか、一人にさせた俺が悪いが、油断ならない。とんがった唇は何も言わないけれど、消太の頭の中でぐるぐるしてる思考回路はそんなところだろう。
 かつて、まだ結婚前、デートのために待ち合わせ中に私がナンパされているのを見てからというもの、消太は家まで迎えに来てくれるようになった。
「おまえがずっとかわいいから、仕方ないが、気が抜けないよ」
 あら、まぁ。かわいいだなんて、久しぶりに聞いた気がする。えへへと照れていたら、息子が消太の手を離し、ポスンと脚に抱きついてきた。
「お母さんって、誰かのものになっちゃうの? とられたらやだ」
 俺のモンになりません? という奴らの言葉で、このかわいい天使は私が取られちゃうと思って不安になったらしい。消太によく似た黒髪をふわふわ撫でて、愛くるしいぷにぷにの頬に手を添えて「大丈夫だよ」と笑えば、無垢な瞳できゅるんと上目遣いで(あの男とは比べ物にならないほどキュートに)首を傾げて私を覗き込んできた。
「じゃあ、ぼくのもの?」
 きゅーんとして困るくらいハートを射抜かれて、顔が蕩けそう。そうだよぉ、と言おうとした矢先、「まて」と声を上げたのは消太だった。
「??」
「母さんは俺のだ」
 花の名前を教えるかの如く、けれどどこか言葉の端に牽制を含む声色。
 長身が屈んで、私の隣に座ってた。息子ほどくっつけないにしても寄せられた肩が、対抗意識の現れで。
 二人はまるで競うように、私にカーネーションを差し出した。
 膝に抱きつく息子と、肩を触れ合わせ隣に座る夫。渋滞した幸せに言葉を止められて、私は、平等に同時にふたつの花を受け取った。

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