声を聞くより塞ぎたい


「消太さん、消太さん」
 風呂上がり、肩にタオルをかけたままリビングに戻ると、ソファでくつろいでいた彼女がぱっと俺に笑顔を向けた。待ってましたとばかりにスマホを放り出して、ぽすんぽすんと座面を叩いて俺を呼ぶ。
「なんて言ってるか当ててください」
 丸い目がにんまり細くなって、ふふふと企みが唇から溢れている。
「なんて言ってるか?」
「そう」
 藪から棒に、何やらゲームが始まったらしい。指示された通り隣に腰を下ろしたら、彼女は少し身を乗り出して俺と目を合わせ、艶やかな唇を、無音でゆっくり動かした。
 恐らく三文字。それは毎日見ている動きで、すぐにわかった。
「しょうた、だろ」
「正解!」
 ぱちぱち手を叩いた彼女は、第二問、と意気込んで、仕切り直しだ。再びきらきらした目が俺をじっと見つめて、声を出さないくせに、彼女は小さく息を吸ってから口パクで何か伝えてくる。
 今度は二文字。簡単だ。けれど、俺は普段となんら変わらないテンションで、澄まして答える。
「う、し」
「ちがぁう」
 がーん、と効果音が聞こえそうな表情の振り幅に思わず口角が上がる。
「もっかいいきますよ」
 真剣に俺を見つめて、閉じた唇が、う、と窄んで、い、と広がる。
 なんだこりゃ。かわいい。
「く、ぎ」
「ぶぶーーっ」
 がくっと項垂れるオーバーリアクションが面白い。
「もう一度見せてくれ」
「当ててくださいね」
「頑張るよ」
 ちょっと眉間に皺を寄せて、困り眉で、表情ごと全部使ってそのワードを訴えてくる。血色のいい唇が、さっきより大袈裟に叫んでいる。
 声のない、三度目の告白を目で聞いて噛み締める。目と耳と口、どこ使ってんだかわからないな。全部蕩けてるから当然か。
 そろそろ当ててやらないと、と思うけど、可愛いがすぎてこのまま延々とこのクイズを繰り返してもいいんじゃないかとすら思えてきた。だから。
「す、し」
「おしいっ」
 悔しそうにテシっと俺の膝に平手を打って、もー、と不満げに唇を尖らせてしまった。
「もう一度、ふっ、悪い」
 失敗した。彼女がもじもじと俺の太ももに回答を指で書き始めたから、耐えきれず吹き出してしまった。
 あ、と目を丸くして顔を上げた彼女が、みるみる真っ赤になっていく。
「あーっ、消太さん、分かってるでしょ?! 意地悪してましたね?」
「ごめん、いや、さっき分かった」
「うそぉ」
「どうしたんだ、突然こんなクイズはじめて」
 嘘を掘り下げられる前に、事の発端へ話題を逸らす。彼女は、膝を抱えておでこに膝をくっつけて、真っ赤な顔を隠した団子になってしまった。赤くなった耳だけ見えていて、触りたくなる。
「しょ、うたさんが……自分から全然言ってくれないから……」
「……そうだったか?」
 言ってる、ような気もするが、どうだろう。そう言われると俺から伝えることは少ないかもしれない。愛情表現も豊かな彼女が、いつも言ってくれるから。言われから、俺もだよ、と返すことは多々あれど。
「すき、だよ」
 髪を撫でながら、声に出してみる。彼女はゆっくり顔を上げて、ニンマリ俺を見て「正解」と呟いた。
「おいで」と手を広げると、喜んで膝に乗って抱きついてくる。愛くるしい温もりが胸に擦り寄って、腕の中に閉じ込めた時の幸福感は筆舌に尽くし難い。
「……ほんとに?」
「あぁ、だいすきだよ」
 にっと笑った彼女の口からは、用意してたんだろうセリフが、待ってましたとばかりに飛び出してきた。
「私の方が好きだけどね!」
 なるほど、これは良い。今後は俺からも頻繁に好きを言おうと思う。そして次回は俺も、それを使わせてもらおう。事実だからな。
 とりあえず今は、声を聞くより塞ぎたい。

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