一年ビターでごめんね

「どーぞ」
 ぽろんとデスクに置かれる金色の包み。
 ふぅ、又は、はぁ、あるいは、うぅー。口から疲労の一部が言語外で漏れた時、隣の相澤さんは私にチョコをくれる。
「わーい! いつもありがとうございます」
「んん」
 別に、のニュアンスが伝わってくる鼻音を出しながら、相澤さんも大きな手で小さな金の包装を剥がして、チョコを口に放り込んだ。俺が食べるついでです、の態度が、私は特別扱いされてるという都合のいい解釈を濁らせる。
「いただきまぁす」
 業務用大袋1kgのうちの一粒に意味なんてない。リボンの形になった包装の両端を引っ張ると、くるりと回って解ける。カサカサと開くといつものビターチョコ。ぱくっとすればカカオ70%の苦味と甘味が口の中で割れてとろける。
「おいひい。よし、あと少し頑張ります!」
「チョコなんですけど」
 思いがけず続いた会話に、気合いを入れてキーボードに乗せた手は仕事を始めず、目は相澤さんへ向く。
「いつからチョコあげてるか、覚えてますか」
 いつから? しばらく前から、なんとなくお決まりのパターンになるくらい。
 私もクッキーとかお煎餅とかあげたりする。作業のお供に息抜きにチョコのお礼に、隣同士の席だから普通によくあるやり取りで、いつからかと聞かれるとハッキリした時期は覚えてな――覚えてる。
「あ、バレンタイン? ですよね! 生徒から貰ったチョコを分けてくれて……」
 そうそう、今日と全く同じテンションで、どーぞってデスクの端に置かれた箱から一粒貰ったんだった。あのチョコは高そうで美味しかったから、生徒からモテモテですねなんて笑って話したのが懐かしい。それで、お礼にって私もお菓子のストックをあげて、それから二人で頻繁に「食べます?」のやり取りをするようになった気がする。
 相澤さんは眉間に皺を寄せて細めた目で画面を睨んでいる。ドライアイかな。
「……もう無くなるんで、追加で買おうと思ってるんですけど、ビターでいいですか」
「えぇ、相澤さんの好きな味でいいですよ、お気遣いなく……?」
 どうしたんでしょうか。不機嫌そうに下唇突き出しちゃって、そんなに複雑な案件と向き合いながらチョコの好みの心配までしなくていいのに。

 そうして、時々チョコとお菓子をやり取りしながら、再びやってきた2月。
「俺が、あなたに渡すために、選んで買いました」
 って贈り主の意図を解説されながら、一年前と同じ箱を渡された時、私はようやく自分の盛大な勘違いに気付くのです。

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