それぞれのファーストキス-山田ひざしの場合-

 付き合ってはじめてのデートで、手を繋いだ時、馬鹿みたいに頭が真っ白になって、私はこれじゃダメだと思った。
「べつに、照れてるわけじゃないけど、あんまり、展開が早いと、その……」
 ひざしは笑って、OK、と言いながら、繋いだ手は離してくれなくて、でも私に最大限の譲歩をしてくれた。
「じゃ、キスは3回目のデートでな」
 私の申告が無かったら、今日キスまでする予定だったのかなとか、ひざしキスしたいんだ、とか、き、キスって単語が彼の口から飛び出したことに、私は思わず彼のお腹にパンチした。

「3回目だけどさ、絶対ってわけじゃねんだから、緊張すんなって」
 約束の3回目のデートの始まりに、あんまり緊張してる様子の私を笑って、ひざしは優しく言ってくれた。
「たのしもーぜ」
 差し出された手を素直に取れるようになったから、そりゃあ進歩しているのだ。
 デートの間、ひざしはたくさん私を笑わせてくれる。そしたらすぐに本来の私を取り戻して、軽口を叩き合って、あっという間に緊張は吹き飛んだ。彼の優しい饒舌を独り占めしてる事が嬉しくて、私は、繋いだ手をギュッて握って覚悟を決めた。

 日が暮れて門限が迫るごとに、私はまた普段の私を失いそうになる。でももう、覚悟を決めたんだ。
 なのに、家まで送ってくれてひざしは、私からぱっと手を離してヒラリと振った。
「んじゃ、また学校でな」
 え! ま、待ってよ。振り返って歩き出そうとする背中に、焦ってしまって。
「ひざしっ」
「ん?」
 つい呼び止めた。別に、今日じゃなくても、いんだけど。でも今日って予定だったのに、し、しないならしないで何か言いなさいよ。
 ぱくぱく空気だけ逃げてく口を、ひざしはきょとんと見つめてくる。
「しないの?」
 やっと声になった四文字は、少しも可愛くなくてがっかりしちゃう。素直にならないと何も伝わらない。
「そりゃ、いいってんなら、願ったりだけど」
 困ったように下がる眉に、ドキドキと、期待と、罪悪感が混ざりあう。
「い、いいよ」
「無理してねぇ?」
 もう真っ赤だと思う。首まで熱い。そりゃ無理してるって思われても仕方ないんだけど、出した勇気の引っ込めどころもわからなくてヤケになる。
 三回もぶんぶんと頷いて、目を閉じる。見えない彼の方に顔を上げれば、長い指が恐る恐る頬に触れて、やがてその手に包まれた。
 いつ、来るのか、息が止まってるから早くしてほしい。そう思ってたら、柔らかさが一瞬だけ唇に触れた。ふにゅ、と。
 ひざしの熱はパッと離れてゆく。顔なんて見れなくて、目を閉じたまま俯いた。
「ひざし、余裕だね」
「……んなことねーよ、俺だって初めてだっつーの」
 そうなの?! って見上げた顔の赤さは、私といい勝負だった。



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相澤消太の場合
白雲朧の場合

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