それぞれのファーストキス-相澤消太の場合-

「消太くんって、彼女とかいないの?」
「いない」
 即答だった。ケーキ焼いたから食べにおいで、と連絡してから十五分で消太くんは現れた。この一つ年下の幼馴染は、飲めやしないのに「ブラックでいい」と背伸びをする。ブラックコーヒーとケーキをテーブルに置いて、隣あってソファに座って、私は飲み掛けのカフェオレに口をつけた。
「ヒーロー科受かって、一気にモテそうなのに」
 去年、同級生の男子がヒーロー科に進学すると決まった時を思い出す。周りの女子達は、きゃっきゃと遠巻きに眺めては、連絡先を交換しに行ったり、告白するだのしないだのやっていた。
「興味ないから」
 クールに言って、ブラックコーヒーに口をつけて僅かに眉を顰める。ぱくりと口に入れたケーキは、完全にお口直しじゃないか。笑いそうになるのを堪えながら、そうなんだぁと相槌を打った。
「消太くん、恋愛はしないのかぁ」
 カフェオレの暖かさを乗せて、ほぅっとため息をつけば、彼はケーキをごくんと飲み込んで、不機嫌な顔をした。
「どうしてそんなこと」
 こちらを伺い見る彼の視線の意味を、私はとっくのとっくに知っている。そして私は焦っている。高校で彼の周りに、可愛くて素敵な女の子がたくさん現れるんだろうなってことに。
「どーしてだと思う?」
 首を傾げて、わざとらしく、彼の顔を覗き込む。途端にほんのり紅潮する彼の頬は、なんて正直なんでしょう。にこりと笑えば、消太くんは誤魔化すように視線を泳がせた。
「興味ないのは、恋愛っていうか……。好きな人は、いる」
「ふふ、ねぇ、それって私であってる?」
 目を見開いて固まった。わずか3秒、無言で見つめ合ううちに、みるみる耳まで染まってゆく。恐らくね、彼の思考は、ここで正直に言うか否か、と言う葛藤をしていることでしょう。恥ずかしさについ“違う”と言ってしまいたい天邪鬼と、否定したことでのデメリットを考慮できる理性が、ケンカしていることでしょう。
「……あ、ってる」
 歯切れ悪く言いながら、彼は顔を背けた。ちらりと見えた非常に不安そうな眉は、私との関係が変わることを恐れてるのね。なんて分かりやすい。ほんの少しのソファの隙間を、埋めるようににじり寄る。
「私も好きだから、安心して」
 パッと振り向いた彼の、薄くてとんがった唇に、自分のそれを押し付けた。
「ちょ」
「奪っちゃった
 慌てて手の甲で口を隠す、可愛らしさったら。
「可愛いね、消太くん」
 思わず感情をそのまま口に出す。途端にむっと睨んでくる目は、ちっとも怖くない。でも。
「うるさい」
 そう言って強引に合わさった唇には、ドキドキしちゃった。



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山田ひざしの場合
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