深夜の好敵手

 お互いの家に泊まったことは何度かあるが、思い返してみれば、金曜日は初めてだった。

 定時を過ぎた頃、マイクに「今日はカノジョとお約束ですかァ?」とニヤニヤ言われて、ハッとした。俺は柄にもなく時計と着信を気にして、職員室の壁やパソコンの角やスマホに視線を走らせていたらしいのだ。
 怒涛の冷やかしに舌打ちをしてギロリと睨む。コワ、なんて言いながら、アイツは俺の事務仕事をサッと半分ほど奪い取り、得意気に世話を焼きながらぺちゃくちゃ口も休みなく動かして、「ハブアグッタイム!」と背中を叩いてきた。
 お陰様で、仕事終わりの彼女をピックアップして、彼女の家になだれ込むことができたのだ。
 作業中の、揶揄いや過去の暴露トークされなければ満点なんだが、まぁ文句は言うまい。

 *

 彼女と初めて二人でキッチンに立ち、誰がどう見ても仲睦まじく料理をして、穏やかに夕食を楽しんだ。
 怒涛の平日を乗り切った後のオアシスのようなこの時間が、マイクの助力によって成り立っていると思うと、些か悔しさを感じないでもない。
 しかし、お風呂から上がった彼女が、
「今日たくさん消太といれて嬉しいな」
 なんて幸せそうに笑うもんだから、月曜日はマイクには例の一つでも言わなければ、と思い、けれど、月曜日の朝顔を合わせりゃ「グッモーニン! イレイザー! 愛しのハニーとゆっくりできたか?」なんて聞かれて、その瞬間に感謝の気持ちが吹き飛ぶ気がしてならない。
 彼女のほかほかした身体を抱きしめて、俺も嬉しいよ、と言葉にするのは気恥ずかしくて、そっと弓形の唇を塞ぐ。
 ドライヤーしたての、さらりとした髪に指を通し、ちゅっと音を立てて下唇に吸い付くと、滑らかな頬は桃色に染まる。
 震えたまつ毛の幕が上がり、輝く瞳が俺だけを映す。たったそんだけのことで、仕事柄張り詰めて、懸命にささくれていた俺の心はすっかりと角が取れて蕩けてしまうのだから不思議だ。
「寝ようか」
 照れた彼女が抱きついてくる。そのまま抱き上げてベッドへ運び、クスクスと笑いながら倒れ込む。
 まだ終わらない、恐らく長い夜になりそうだが、俺とたくさん一緒にいられて嬉しいと言う彼女だからきっと許してくれるだろう。



 こそこそと隣から温もりが滑り出て行く気配を、無意識が鋭敏に感じとり意識を浮上させた。
 暗い部屋の中、やはり彼女の姿は無い。
 とっくに日付が変わっているが、朝には程遠い。
 水でも飲みに行ったのかと思ったけれど、耳を澄ますと薄らと話し声が聞こえる。
 鳥も鳴かないド深夜に何をしているというのか。
 こっそりリビングを覗くと、聞き慣れた声に俺は驚愕した。
「マイクのラジオか」
「あっ、ごめん起こしちゃった」
 彼女はソファで横になって、スピーカーから小さくラジオを流していた。
 起こしたことなど。そういう問題ではなくて。不機嫌がどうしたって顔に出て、むっと唇を尖らせてしまう。
「実はファンで……ごめんね、今日はどうしてもリアタイしたいゲストで……」
 座り直した彼女は、イヤホンの充電がなくてスピーカーにしちゃったの、うるさかった? なんて申し訳なさそうにしているが、そういう問題でもない。
 マイクのせいで安眠が妨害され、あまつさえアイツが彼女を虜にするなんて。
「べつに、いいよ」
 少しも良いと思ってないが、彼女の趣味を無理矢理やめさせようと思うほど幼稚ではない。
 ソファを侵略して、足の間に座らせて、小さな体を後ろから抱きしめる。
 大きなため息が彼女の耳を掠めて、くすぐったそうに肩をすくめる仕草が愛らしい。
 俺の腕の中にいるのだからと嫉妬心を誤魔化しても、勝手に流れ込んでくるハイテンションなトークが耳障りでたまらない。
「何時まで聞くんだ?」
「えっと、五時……」
 五時。終わるまでか。俺の彼女を五時まで奪うのかアイツは。
「……ベッドで聴きなさい」
「いいの?」
 普段はベッドで聴いているのだろうか。えへへ、と嬉しそうに俺の手を握る彼女が、可愛くて可愛いくて少し憎い。
「せっかく泊まりなんだから、せめて一緒に寝たいんだよ」
「可愛い」
「うるせぇ」
 再び俺の腕の中に連れ戻したものの、くそ。二人だけの愛の寝床に堂々とマイクがいる。
 アイツに手伝ってもらって早く仕事を上がれたのに、冷やかしがうるせえなどと思ったからバチが当たったのか。
 イラつくほどリズミカルな声を聞きながらウトウトする奇妙な時間に、心の中で舌打ちをした。
 けれど身体は睡眠を欲して、ふわぁと大あくびをひとつ。
「寝れる?」
「ああ」
 どこだって眠れるんだから。問題なく眠れたさ。
 ただ、夢にまでアイツが出てきて話をするもんだから、朝目覚めると疲れていた。加えて彼女は五時までラジオを聴いたのか、すやすやと眠って起きやしない。
 週明けアイツの顔見たらしばきそうだ。
 途端に、頭の中のイマジナリーマイクが「なにsooon?!」と叫んで、もうウザくて。
 大きなため息を吐いて、彼女を抱き寄せた。柔らかな髪で深呼吸する。リラクゼーション効果を狙って。
 はぁ。やっぱりいい。マイクの声がある時とは段違いに癒されて眠くなる。
 もう、今日は彼女が起きてもずっとひっついていよう。どうしたの今日可愛いね、って笑う顔を想像して、穏やかな二度寝のために瞼を下ろした。

-BACK-



×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -