ふたりでつくる
「ねぇ、消太って子どもの頃何になりたかった?」
「なんだ藪から棒に」
消太は、フライパンの中で細切れのベーコンとみじん切りのニンジンを炒めながら、律儀にもうーんと子どもの頃に思いを馳せている。
「猫が飼いたかったかな……」
「夢じゃないじゃん」
私は笑いながら、刻み終わった玉ねぎをざぁっとフライパンにぶち込んだ。出しっぱなしのバターケースにぽろりと逃げた一切れは、ぴっと摘んで仲間のところに放り込む。
「ヒーローには憧れたよ」
「やっぱりオールマイト?」
「まぁそうだな」
じゅわじゅわ美味しそうな音は、じゃーっと跳ねる水道の音にかき消される。泡のスポンジで包丁とまな板と洗っていると、雑にあげた袖がズルズルと肌を隠しに下がってきた。
「ヒーロー、叶ったじゃないですか」
「おかげさまで」
消太が背中を温かく包んで、濡れそうな袖をくるくると器用に巻いてくれる。ぴたりと触れてないのに、厚みのある胸板を感じるから不思議。
上手に捲れて落ちてこなくなった袖を確認すると、消太はフライパンの番へと戻っていった。
「消太はヒーロー一筋だったのか
![](http://img.mobilerz.net/img/i/12316.gif)
洗い物を終えて、手を拭き拭き、冷凍庫を開けてご飯のタッパーを探す。
「夢も恋も一途なんでね」
見つけたタッパーを電子レンジに閉じ込めて、ピッと指先が大仕事を成し遂げる。
「わぁ、そんなに私に一途だったかな?」
予想外のカミングアウトに顔がニヤけてしまう。一途とは、いつからの話をしてるのか。
「ずっと気付いてなかったのはおまえだけだろ」
「マジかぁ」
ピロピロと私をはやし立てる電子音。笑ってるうちにほかほかご飯が完成した。
「あちち」
「俺がやる」
木ベラをバトンタッチ、ガスコンロ担当はローテーション。
あんなに熱いタッパーなのに、消太は涼しい顔のまま、フライパンの上でタッパーを逆さまに。ぼこんと落ちたご飯をトントン崩して、コンソメ少々。
「おまえは? 夢、何だった?」
夢ね、職業とは別に、小学生の頃から私もずっと憧れていたものがあった。
消太はケチャップと卵を四つ取り出して、肘で冷蔵庫をバタンと閉める。ちょっとした雑さはむしろ合理的で好感。
「うーん、恥ずかしいなぁ」
「人に言わせておいて」
大きな手が大胆にケチャップをぴゅーっと発射して、私の混ぜる白いご飯はオレンジに染まる。トマトがピチピチ香り立つ。
「私はねぇ、素敵なお嫁さんになりたかったの」
「へぇ」
消太はふっと笑って、パチンとケチャップの蓋を閉じて、私を覗き込んだ。
「叶ったな」
「ふふふ。叶いましたね」
焦げ付かない程度に戯れた唇は、離れても幸せに緩む。
「次の夢は?」
「えへ。次はぁ、何かな」
ケチャップライスが完成した傍らで消太はが卵を手に取る。コンコンパカ、と小気味いい音が四連続。
ボールの中で透明と黄色を切り裂いて、カチャカチャと箸を踊らせる間に、私は新しいフライパンを出して火にかける。
「うーんとねぇ、んー、消太は? ヒーローになりまして、次の夢は?」
「……どうかな」
ポト、じゅわ、とバターが溶ける。
泡を引きながら、フライパンの表面でするすると滑る。
「入れるよ」
「ん」
卵をジュッと流し込まれ、私が注意深く菜箸で火加減を感じ取っているその間に、消太はお皿の真ん中にケチャップライスでお山を作ってくれる。
黄色い円の中心に菜箸を立て、慎重に、卵を巻き付けるように回すと、放射のシワが渦巻いて。
フライパンを持ち上げて、素敵なドレスをケチャップライスにふわりと被せると、裾が広がるオムライスの完成。
「完璧!」
「さすが」
手早くフライパンを拭いてバターを落とし、第二回戦。
「で? 素敵なお嫁さんの次は」
流し込まれた卵が広がる。さっきと同じを繰り返す。頭に思い描くもう一つの夢を口にするには、今は火加減に心を奪われすぎている。
「んーとねぇ」
つやつや黄色のシルクは菜箸に綺麗に巻き付いて、成功の予感にフライパンを持ち上げた。
「素敵な家族かな」
「あ」
消太が軽率に図星をつくので、ぐちゃり、ライスの上で卵が破ける。
「あーららら」
「あーあ、はは、隙間隠せ」
「いけるいける」
残念さは笑いで転がして足で蹴ってポイ。寄り添った私たちには失敗もちょうどいいスパイス。
傷はあるけどオペは成功、形になってるので満点。
フライパンを置いて、洗い物は後回し。冷蔵庫を開けた私を見て消太は二つのオムライスを食卓に運ぶ。
お茶をグラスにトクトク。消太はガチャゴチャ大きなスプーンと普通のスプーンを出して、テーブルの上は華やいだ。
スムーズな共同作業で、ドレスドオムライスはベストコンディション。一つは窓付き。
さぁさぁ座って、あったかいうちに食べようね。
「いただきます」
「いただきます」
私の指定席には、綺麗にできた方のオムライス。優しさ? いえ、当然の権利なのです。
コツン、スプーンは卵を割って中のオレンジを崩してお皿にぶつかる。すくった一口をぱくり、美味しさで口がいっぱいで幸せ。
消太は大きなスプーンに山盛り、大きな口が見事にそれを吸い込んで閉じる。
「素敵な家族はね、一人では叶えられないから、どうしましょうかと思っていたところで、あっ」
トマトのカプレーゼを冷蔵庫に入れたまま忘れてた。と思った時には消太が席を立つ。
「まぁもう家族なんだけどな」
「そ、それはさて置き、ってやつですよ」
ばたむ、コトン、ちゅ。キスを添えてサーブされた、農場のモッツァレラチーズで作ったカプレーゼ。主役は遅れて登場だぜって胸を張っている。
「わかってるよ」
岩塩を感じるトマトに、消太の甘い低音はちょうど良くマッチする。
「どう思う?」
「満場一致で可決だな」
ふふ、と笑い合う、ディナーセットとしてはスープとデザートの足りない食卓。
「たくさん一緒にお料理してね」
「ん」
もぐもぐと動く丈夫そうな顎、膨らんだ頬、愛しいが溢れる。
片方失敗のオムライス。大きさの違うスプーン。違うスピードで消えゆくお皿の中身。私たちの夢の確認作業。
それは息の合った料理みたいに楽しいから、二人でも二人じゃなくても、きっと幸せに芳ばしく香る。
私たちの食卓に完璧はこない。
でもね、それがいいよね。
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