好きって言って

「ねぇ、好きって言って」
 部屋に差し込む光の角度で、昼近くまで寝てしまったのだとわかった。ようやく起きた私の目に最初に飛び込んできたのは、お着替え中の消太。
 ベッドシーツの感触はまだ私じゃない温もりを残している。素肌で消太の余韻を楽しみながら、Tシャツを着ていない筋肉隆々の背中に甘えた声をぶつけた。
「どうした突然」
 振り返った顔は眉を上げて、おはよう、と律儀に挨拶を付け足してくれた。
 どうしたと思いますか。私は今ちょっと元気がないんです。理由は特にありません。特にコレって理由はないだけで、細かいことはたくさんあるから何もないわけじゃないんだけど。仕事だとかなんだとか色々、まぁ要するにちょっとだけ心が疲弊している状態。
 本来なら昨夜チャージできたはずなのに、消太は突然の残業で帰りが遅くなるとかで予定通りのイチャイチャタイムは訪れなかった。私はベッドでごろごろ動画を見ながら消太の帰りを待っていたはずが、気付けば寝てしまっていたし、ぐっすり寝すぎたし、いつの間にか消太は帰ってきてて寝て起きてたわけだ。そう。だから、チャージできてないの。
「いいじゃん。いつなんどきでも、好きって言ってほしいの」
 細かいあれこれを一つ一つ紐解いて消太に披露する気はない。けど、どんよりした気持ちも無視できないから、私は、だって女の子だもん、みたいな大きな理由を掲げてぽ消太に愛を催促する。
「あまえんぼか」
「そうでーす。甘えたいので好きって言ってくれるまで起きませーん」
 やる気なく見える三白眼は、すっと私から逸れて、無意味にクローゼットの中の服を見て、一呼吸の間を開けて私の方へ戻ってきた。
 真顔が私を見下げる。
「……。すき」
 ぼそっと贈られた告白にはふんだんに照れが含まれてて可愛い。可愛いな。でももっと。
「ん〜、足りない!」
「おまえね……」
 やれやれと口元を隠す大きな手。ゴツゴツした手は髭頬を揉むように撫でて、恥ずかしさを誤魔化そうとしてる。
 顔よりボディ隠さなくて良いの? 裸体が日光浴びでだいぶセクシー。あぁ。ぶっきらぼうな二文字でもちょっと元気出てきた。調子に乗ってきたと言うべきか。
「どれくらい好き? 消太の好きはそんなもんなの?」
「どうなもんに見えてんだ」
 謎の煽りにむっと眉間に皺寄せて、消太は片脚に重心置いた斜に構えスタイルで私を観察する。
「なんか、私の好きがこーんな感じだとしたら」
 ベッドの上で「すきーっ」と手足をバタバタさせてみる。布団がバサバサなって、光の中に埃のラメが舞う。
「消太の好きって、こう、こんなかんじ」
 スキ、と呟きながら真顔で指ハート。
 わかる? と聞いてみると不服そうに唇尖らせつつも、言い返せない様子もある。わかってる、消太の愛の大きさは。表に現れないだけで激重なのはわかってる。ただ今は、私は特段甘さが欲しい我儘めんどくさモードなの。
「ちょっとさ、試しに全力で表現してみてよ」
 理不尽な無茶振り。ちょっと待てよ? 消太がベッドの上でジタバタしたらどうしよう。大爆笑だな。ベッド壊れそう。というかそこまでされたら何かが冷めそう。無茶振りしといてなんだけど。
 なのに消太は、首を僅かに傾げて目を細めた。
「……いいよ」
「いいの?!」
 ジタバタするの?!
 一歩二歩、近づいてきた上裸の長身。膝が片方ベッドに乗って、ぐっと沈み込む。朝を遮るように覆いかぶさった大きな体は、邪魔そうな髪を垂らしながら、その中で薄く微笑んでいた。
 ゆっくりと降りてきた綺麗な顔は途中で瞼を閉じて、薄い唇が鼻先にそっと着地。音もならない小さな口付けは一瞬で、小さな瞳が間近で私に熱を注ぐ。案外にまつ毛が綺麗なのをじっくりと見られて嬉しい。
「好き」
 囁きに込められた糖度の高さに、顔の筋肉は勝手にニヤニヤと表情を動かしちゃう。消太はそれで終わらず、ニヤリと笑った。
「食べたいくらいだ」
 がぶ、と言葉通り鼻を食べられた!
 きゃあ、と黄色い悲鳴を上げると、硬い歯があむあむと鼻と戯れて濡れる。 
「ふふふ。いい感じ。もっと」
 頬にもあむあむとされて、肌を掠める口髭がこちょばしい。
「好きだよ」
 耳たぶに塗りつけるような熱い吐息と低い声。ぞくりと背中が浮くような感覚。
 ぴちゃりと水音を立てて、消太の口が大きく開いた。あご髭が肩に擦れてチクチクする。身を捩る私の首にかぷり。
「世界一かわいい」
「それは虚偽」
 背中に手を差し込んで、むきむきの腕がぎゅっと抱きしめてくれる。
「かわいいよ。俺の一番」
「恥ずかしくなってきた」
 ゆるゆると体重がかけられて、肺が圧迫され始める。力いっぱい抱きしめられて腕が少しも動かない窮屈さ。この息苦しさが消太の愛の重さ?
 首や肩には、唇が、歯が、舌が、髭が、吐息が、甘く甘く柔肌を味わう。溶かされて食べられてしまいそうな勢いに、きゃあきゃあと笑いが溢れ出る。
「そう言われると、もっと言いたくなってきたな」
「もう、くるしい! 朝ごはんにしよ!」
「全力って言ったろ」
 ふっと笑いながら、消太は腕の力を強めて、わざとくすぐったい所を責めてきた。
 喜びの悲鳴が休日の寝室に響く。
「愛してる。好きだよ」
 艶のある低音が鼓膜から脳を犯してくるのに、肌の上を滑る唇は優しくてくすぐったくて、その温度差に頭が変になりそう。
 もう無理って言うまで密着拘束で食べられて、息も絶え絶えでギブアップ。
「ありがとう、ございました……」
 笑いすぎてぐったりした私を解放して、消太は少し体を起こす。笑いすぎて赤くなった顔で酸素をすぅはぁしていたら、そんな私に注がれる、さっきまでの戯れが嘘みたいな眼差し。大きな手がうっとりと優しく頬に添えられて、広い親指の腹が誘うように私の唇をなぞる。
「もっと熱烈なのも、欲しい?」
 もっと熱烈な。その言葉で期待した唇が無意識に閉じる。
 イタズラっぽく輝いた黒目に魅せられて、伸ばした腕で逞しい首を引き寄せる。
 薄い唇と厚い舌が、深く繋がるほどに全てのネガティブが消え去っていく。
 呼吸ごと飲み込まれて、溺れそうなくらい深い消太の愛を、私は思い知るのです。

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