ナンバーワンは夜も燃やす

「じゃじゃーん」
「なんだ、それ」
 仕事から帰宅すると、消太はトレーニング中だったらしく、タンクトップのウェア姿で首からタオルをぶら下げて、ペットボトル片手に私を出迎えた。
 なんと今日は素晴らしい戦利品がある。私は得意になって、本日の収穫をずずいっと消太に差し出した。
「エンデヴァーさんのフィギュアだよー」
「……見れば分かる」
 わかってない。1/7スケール、この約30センチの高精細フィギュアは、イベントの景品として作られた非売品で、巷の取引価格はゆうに四万を超える。
「ヒーローイベント関係の人と打ち合わせがあって、頂いたの」
 ふぅん、と消太は大きめのフィギュアを片手で持って、くるりと表裏確認すると、コトンとテーブルに置いて、興味なさげにミネラルウォータを飲んだ。汗ばんだ首を晒し、ぐびぐびと喉仏を上下させて、ボトルの中身が消えてゆく。
 なんてわかりやすい、つれない態度。
「すっごいよね」
 私は着席して、じっくりと小さなNo. 1ヒーローを観察する。消太はテーブルの横に突っ立ってボトルのキャップを閉めながら、私を見下ろして無感情に目を細めた。
 ほう。見れば見るほどに細部まで匠の技が光る。
 緻密なディティール。繊細な彩色。迫力のポージング。どの角度から見ても素晴らしいクオリティで感動しちゃう。
 両手でエンデヴァーさんを抱き上げて、あっちからこっちから眺めてみる。
 照明の光を受けて陰影を刻む、この筋肉の表現!
「見てよ、太ももやばい。この脇腹から腹筋、やっばいね」
 こだわって形作られた、筋肉の凹凸を指の腹でなぞって確かめる。ピッタリとしたヒーロースーツだからこそ。パンと張り出した大腿四頭筋、腹筋、腹斜筋のスジ感、広背筋の広さ、はぁ。芸術。
 指先で感じるデコボコ感がたまらなくて、腹筋をすりすり親指で撫で、抱えられて大人しく好き勝手されているNo.1ヒーローを堪能する。
 この炎の表現もすごいの原型師天才すぎる。ローアングルからも、さすが煽りは威圧感が増してカッコいい。
「はぁ〜、日本の技術すごすぎ。リアル追求してる。肉体美がこんな、ぎゃっ」
 瞬間、視界はバサリと闇に呑まれ、手の中のエンデヴァーさんの重さは消失し、顔面にしっとりと熱く硬い何かが触れる。
「ちょ、っと、なに、んぶ」
 ここは消太のタンクトップの中。視界を埋め尽くす腹筋。
 何を思ったのか消太は、私を服で捕獲したらしい。布ごしに頭を押さえつける大きな手が、隆々とした腹筋から逃げることを許さない。
 嫉妬が引き起こした行動が、あまりに可愛すぎやしないか。
「このカラダじゃ不満か?」
 ぐりぐりと頬を潰す逞しい筋肉。
 皮下脂肪の殆どない腹筋は、皮膚の柔らかさに包まれて恐るべき硬さを誇っている。しかも、熱い。すうっと鼻から息をすれば、肺を満たす消太の汗の匂い。
 フィギュアとは全く違う、生身の色気が濃厚に薫り、雌の本能願望が刺激されて子宮がきゅんと疼く。
「ん、消太ぁ、汗ベタベタ」
「ソレと違って生身なんでね」
 さっきまでトレーニングをしていたからか、バンプアップされたそこはさながら洗濯板のようだ。
 頭を掴まれてトレーニングウェアの中で腹筋に擦り付けられ、私は洗濯物の気分できゃあと喚いた。
「んは、ご、ごめんって」
「何が」
「別に、エンデヴァーさんが、むぐ、すきなわけじゃ」
「嘘つけ。そういう目で見てたからリアルかどうかの判断がつくんだろ」
 もう、フィギュアの筋肉撫で撫でしたからって拗ねちらかしちゃって。
「ちがうもん、ふ、ん、ちゅ」
「っ」
 思いきって素肌に吸い付けば、ぴたりと止まる手。
「ただの、フィギュアとしての評価だよ?」
 れろ、とお腹の中心の道に舌を這わす。隆々とした腹直筋はビクッと震えて、頭上から聞こえた大きな一呼吸に合わせて少し柔くなる。汗と唾液を混ぜて、薄暗いウェアの中で蒸れて薫る。
「悪かったな、ッ、腕も足も、こんなに筋肥大してなくて」
 じゅっ、ちゅ、と唇で筋肉を愛でる。好き、好き、大好き、をリップ音に込める。
 くすぐったいのか気持ちいいのか、ちゅぱ、むぢゅ、と吸い付くたびに、皮膚の下でピクッと筋肉が震えて可愛い。
「はぁっ、ん、しょーたが一番、えっちなカラダだよ」
「そりゃどーも」
 臍に舌先をねじ込んでくりくりと動かすと、消太は満足そうに優しく頭を撫で、するりとウェアを引き上げてそのままポイと脱ぎ捨てた。
 突然明るくなった視界に肌色が眩しい。清涼な空気が蒸されて赤らんだ頬から熱を奪ってゆく。
 べろりと長く伸ばした舌先でシックスパックをチロチロくすぐり、上目遣いで消太を見つめる。
 トレーニング後だからという言い訳は通らない程のぼせた顔で、ふぅふぅと浅く息をして、恍惚に潤んだ瞳が私を見下していた。
 むらむらする。早く、食べて欲しい。汗まみれでどろどろになって繋がりたい。
「しょーた、すき。ね? 許して?」
「ん、」
 誘うように、引き締まった脇腹をゆっくりと撫でて、てらてらと光る白線の唾液を塗り広げ、臍のすぐ下からはじまっているアンダーヘアを指先で捏ね、更に下へと下がる。ショートパンツの股間はすでに盛り上がって、大変な色情を隠しているらしい。
 布の向こうで期待に膨らんだそれの、敏感な先端目掛けて、カリッと爪を立てる。
「ッこら」
 怒気の代わりに艶を含んだお叱りが降ってきた。
 艶然と消太を無視してウエストに手をかけ――。

「先に、風呂、入るから」
 指まで鍛えられて、皮の硬くなった手が、私の動きを制止した。
「このままでもいいよ?」
 だって、そんなギラギラと欲望を剥き出した視線を送っておきながら、強がりにしか聞こえない。
「言ったな?」
「んん?」
「クソ、お前が誘ったんだから、文句は言うなよ」
 ゴムは降ろされ、目の前にぼろりと飛び出したソレ。むわりと解き放たれた香りに、全身ぞくりと身震いして、頭がクラクラする。
「匂いで感じてんのか、変態」
 だって、仕方ない。好きなんだもん。
 消太のカラダも、顔も、私にとって完璧な造形。フィギュアなんてメじゃない。エンデヴァーさんには申し訳ないね。
 この後訪れる官能を期待して、頭の中がピンクに染まって、私はだらしなく蕩けた顔で、あー、と口を開けた。







「ソレ、どうすんだ」
 散々に貪りあって、一緒にお風呂で身体を清めた後。消太はテーブルの上に寝転がるフィギュアを指差して言った。
「あ、会社に持って行くよ。オフィスに飾るから」
「……」
 きょとんと眉を上げて、すぐに眉間に皺が寄る。
「ふふ、フィギュア相手にねぇ、やきもち焼きさんな消太、かわいかったなぁ」
「ナンバーワンヒーローを、セックスに誘う道具にするとはね」
「燃えたデショ?」
「……エンデヴァーだけに……」
 くだらなすぎる掛け合いに、私はあははと声を上げて、消太はやれやれと笑い混じりのため息を吐いた。

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