浮気する彼氏とは別れます

 なんだか、仕事以外でぐったりしている。相澤先生は何なの。髪を撫でたり、コソコソ話したり、距離感がおかしすぎる。あの人あんなだったかな。もっとパーソナルスペース広そうというか、あまり他人に懐かないタイプだと思ってた。
「ミョウジ! やっと帰ってきた」
「あー……ただいま」
 部屋に帰ると、彼氏が玄関まで駆け寄ってきた。
「お金無くて……腹減ったんだけど、出前とらね?」
 これ、注文していい?とスマホの画面を見せられて、考えるのも面倒で頷いた。この彼氏は、付き合った頃は普通に働いていたんだけど、仕事が辛いとか病むとか毎日死にそうな顔してて、私が、やめたらって言っちゃったんだ。それから、再就職は真面目にやらなくて、早くも一年。しばらくは私がなんとかするよ、再出発頑張ろう、なんて励ましはもう出来なくなっていた。
 届いたご飯は、私の好きな料理ばかりだった。以前なら、私の事を理解してくれてるとかって喜んだかもしれない。今は、こんな事でご機嫌取ろうったって無理よ、としか思えない。しかも私がお金払ってるんだよ? 私の好きなもので当たり前じゃん!
 それに、それに今日は、どうしても、言わなければいけない事がある。
「あのさ、今朝気づいたんだけど、この引き出しに入れておいた、家賃の分の八万円、どこに行ったか知らない?」
 口に運ぼうとした箸をピタリと止めて、彼は視線を泳がせた。やっぱりそうだよね。うん。知ってたけどさ。
「あー、それね、それ……。ゴメン!」
 両手をテーブルについて、頭を下げる。
「何に使ったの?」
「増やそうとしたんだよ、パチンコで……」
 まさかの、パチンコ。呆れが過ぎて頭が真っ白になる。八万だよ? 八万! 何考えてるの。
「全額?」
「ごめん……」
 目に涙を浮かべて、項垂れる男の情けない姿にため息が出る。泣きたいのはこっちだってのに。
「何か役に立とうと思って……」
「じゃあ働いてよ!」
「分かってるよ! 頑張ってる! 今日も面接希望の電話したし」
 こんな調子だ。求人確認しに行った、電話した、面接行ってみた、ダメだった、ここは仕事がキツそう、せっかく働くなら俺の得意を活かしたい。べらべらと一年の間同じような御託を並べて、挙句、私の用意してたお金を食い潰す。
「そろそろ、終わりにしたい」
「お前が、支えてあげるから病気になる前に辞めていいって言ったんだろ!」
 そう、そうなんだ。これを言われると反論できない。なんて無責任な言葉をかけてしまったのか、本当に後悔している。でも当時の彼は本当に辛そうで、毎日布団で泣いていて、見ていられなくて。
 あぁ、私も言い訳ばかり、似たもの同士じゃん。
「ごめん」
「俺も分かってるんだよ、ごめん、なぁ、絶対ちゃんと働くから。そしたら返すから」
 縋るように抱きしめてくる腕を、振り払うことが出来ないのは、もう何年か一緒に暮らしてきた情なのかな。昔はもっとかっこよくて頼りになって、またそんな風に戻るって、心のどこかで期待していたんだろうな。
「うん……」
 応援なんて、もうしてない。期待もしてない。八万円を無断で持ち出して、本当にパチンコで溶かしたのかは知らないけど、もうどうでもいい。めんどくさい。ただ、泣かれて、宥めて、マイナスの感情に引きずられるのが面倒なだけだ。
「ありがとう、ミョウジ、愛してる」
 そう言って、重なる唇。なんだろう、今日はひどく気持ち悪い。
 触れ合いに耐えられなくて、その肩を押しのけて、テーブルの上のゴミを集めて立ち上がる。キッチンで大きなゴミ箱の蓋を開けて、固まった。あ。これ、ダメなやつ。視界に入れちゃダメなやつだって脳みそが警鐘を鳴らしている。
 ゴミ箱の中には、ブランドショップの名前の書いてあるレシート。5万円ほどの金額が、女性向けアクセサリーに使われている。なんて、詰めの甘い男なの。バカなの。なんなの。パチンコの方がまだマシだったわ。そのレシートを埋めるように、上からゴミを突っ込んで、蓋をしめた。
「……ごめん、ちょっと出かける。多分友達のとこ泊まる」
 彼の肩を押して立ち上がる。部屋の隅で眠っていたキャリーケースを開けて、手当たり次第に服とかを詰め込んで、引き留めようとする彼を振り払った。
「おい、」
「浮気じゃん!」
「え、あ」
 思わず大きな声が出た。振り返って睨んだ彼は、しまった、と気まずい顔をしている。鼻の奥がツンとして熱くなる。浮気じゃないって、お前のためにこっそり買ったって、そんな言葉出てくるはずもない。浮気じゃん。確信しかない。
「さすがに今回の事、許せない。別れる。数日中に出て行って。ごめん」
 ごめん? なんで私が謝ってるんだろ。
 パンプスをつっかけて、彼の声を無視して、キャリーを引きずって飛び出した。ここは私の借りてる部屋なのに。
 早足にドアから遠ざかる。
 あぁ、なんだかデジャブだ。気持ちは全然違うんだけど。

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