DJとリスナー

 それから、いくつかのデートを重ねた。
 私に予定があったり、山田くんにお仕事があったり、毎週というわけではないけれど。
 山田くんは毎回必ず土曜日の予定を確認してくるので、私は自然とスケジュールを空けておくようになった。
 短時間のお散歩でも、充実のプラネタリウムデートでも、山田くんは必ず家まで迎えに来てくれる。そして昼間に会って、食事をするならランチ。夜は暗くなる前にお家に帰してくれる紳士な振る舞いを貫いている。
 最初は全部奢ってくれようとしていたけれど、そんなの申し訳なさすぎると私があまりに譲らないから、映画館でのドリンクとポップコーンとか、プラネタリウムの後に行ったカフェではお金を出させてくれるようになった。
 ただただ楽しい時間を過ごすうちに、プレゼント・マイクへの緊張はとけて、山田くんとして高校の頃のようにくつろいで接することができるようになっていた。
 楽しそうに話して、優しく笑ってくれる山田くんは、時々冗談めかして私をドキリとさせるのだけれど、その本心をはっきりと口にはしてくれない。
 会うごとに、そしてテレビやラジオで彼の声を聞くごとに、山田くんの眼差しの意味を知りたくてたまらなくなっていた。
 今日は、金曜日。
 私は仕事を終えて家に帰ると、いつものように仮眠を取るためベッドへ入った。
 山田くんもラジオ前に仮眠すると聞いてからは、きっと彼も今頃、とあの綺麗な金色のまつ毛が伏せる様を想ってしまう。
 以前はプレゼント・マイクのファンとして彼の活動を応援していたけれど、今は、それに加えてプライベートな山田くんのことで頭がいっぱいだった。
 日付が回ってからアラームで目を覚まし、アイスコーヒーをグラスに注いでラジオをつける。ぷちゃへんざレディオで、彼は時々デートで行った先の話題を出すので――例えば映画を観た感想とか、星座の話とか――私は密かにそれを楽しみにしている。
 一つ前のラジオ番組が終わり、CMが開けて、いつものタイトルコール。陽気な挨拶を期待していたリスナーに届いたのは、プレゼント・マイクではない、違う女性の声だった。
『こんばんは! 今夜のぷちゃへんざレディオは、プレゼント・マイク不在でスタートします』
 予想外のオープニングに、グラスにつけた口が止まった。ぷちゃラジらしからぬテンションが、待ち望んだ楽しさをフイにして不安を連れて来る。
『ご心配なく! ヒーロー活動が長引いたとのことですが、すでに解決していますので!』
 代打のDJは明るく彼の遅刻を説明して、ホッと胸をなで下ろす。病気や怪我じゃなくてよかった。今日はゲストのミュージシャンも最初から登場して、ヒーロー大変ですね、なんて月並みな感想を述べている。
『遅れて来るので、プレゼント・マイクに応援または文句のお便りをじゃんじゃん送ってください! 移動中にラジオを聞いているであろう彼に向けて、読みまくりますのでどうぞ!』
 この様子ならば、心配する事態ではないのだろう。ぷちゃラジはもちろん、他のラジオに出演してきた過去を思い返しても、遅刻なんて初めてのことだからドキっとしてしまった。仕事に穴を開けないようにどれだけ努力してきたのだろう。きっと今頃焦ってスタジオに向かっているのだ。
 女性は、送られてきたお便りを紹介しては曲をかけ、時間を消化しているようだった。早く山田くんの声が聞きたいと思いながらも、イレギュラーな事態にSNSは普段より盛り上がっていて面白い。応援メッセージはもちろん、愛のある愉快な弄りも多くて流れが早い。
 そろそろ到着の模様です、とアナウンスされたのは、二時間近く経ってからだった。
 リスナーからのリクエストで応援ソングが流れ、曲が終わった瞬間、ヘイヘイと元気な声が聞こえてきた。
『オマタセェェ! ヒーローは遅れて登場だぜ! 叱咤激励ありがとなリスナー!』
 待ってました〜との歓迎は、代打DJとゲスト、そしてリスナーの心が一つになった瞬間だろう。彼らしいテンションでの登場で、ラジオの雰囲気はガラリと変わった。
『だァれだよ寝坊って言ったヤツ! トイレにもこもってねーっつーの! 俺こう見えてしっかりヒーローしてンの!』
 叱咤激励の中にあったおちょくりにしっかり返答して笑いを誘う。きっと仮眠もできていないだろうに、戦闘の疲れも感じさせない快活な声。仕事を頑張る山田くんはやっぱり素敵でカッコ良くて、尊敬する。
『エゴサもしたんだケド、おまえら普段より盛り上がってんじゃねぇよ〜!』
 早速主導権を握った彼のトークは、深夜のリスナーにほっと暖かな笑顔をくれたことだろう。私はやっといつものぷちゃラジに金曜の深夜を実感しながら、エンディングまで変わらないテンションを楽しんだ。
 朝五時、ラジオを切ってベッドに入る。明日、いや、今日のお昼には、一応会う約束はしているけれど、無理しないでくれるといいな。楽しみと心配の両方を抱えながら、ともかく彼がのんびりできるような提案をしてみようと、思い巡らせながら眠りについた。

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