だからそういうところが。

「白雲くんって、なんかもったいないよね」

 実践練習後の振り返り。負けたもんだから反省点はうようよ出てきて、ちょっと意識が散漫になりかけたその最後に言われた一言。ペアを組んだ女子の悔しそうに尖った唇の動きと共に、白雲はもう50ぺんくらい頭の中で繰り返していた。
 こうした方が、ああした方が、私のような地味な個性と合わせる時は――。あらゆる角度から紡がれる意見には、次こそ、という気概がふんだんに含まれていた。だから、もったいない、という言葉にも白雲は一つも反感を持たなかった。
 ただ、彼女が真剣になって白雲の能力を分析・評価してくれた、という実感がズンと重みになって脳みそに染みて消えないのだ。
 昼休みの屋上で食べる弁当は、なかなか進まない。ぽけぇっと見上げた青空の雲はゆるゆると動いて、なんだか彼女の唇の形に見えてくる。柔らかそう。
 白雲はひとつ、頭に浮かんだ考えをそのまま口にした。
「俺ついに、恋、しちゃったかも」
「まーた言ってンな」
 ついに、と付いた枕詞は、今まで恋だと思った恋が恋でなかった勘違いの数が、一度じゃない事を表している。
 山田は笑い混じりにその可能性を受け流した。
 背が高く快活、純真な正義感をふわふわ固めたような白雲は、目立つし頻繁に告白されてきた。顔を赤くして、好き、と懸命に伝えてくる女の子は、みんなとても可愛いし白雲もすぐに好きになった。
 返事は、大概イエス。なぜなら『可愛い俺も好き』と思ったからだ。けれどそれは親友二人によって否定されてしまっていた。
 恋してる、と、五人の名前を同時に上げたりして「いやいやちげぇわ」とひざしに言われるなど。
「惚れっぽいっつーかさぁ……おまえなんなら俺らでも好きって言やぁ付き合いそうだもんな」
「確かになぁ。本気の好きならな!」
「マジかよ!」
 ギャハハと笑う山田の大口。顔を顰めてプロテインドリンクを啜る相澤。
 白雲だって、思春期特有の曖昧で広大な世界観の中で、どうにか恋というものの輪郭を見つけてやりたいのだ。
 男子の恋バナは続く。
「じゃあ、何が恋なんだよ」
 青空のように広い範囲の博愛が、この男の魅力であり難点だった。好き、可愛い、俺のこと好きって言ってくれる、みんな大事にするぜ。器だけは大きいけれど、恋人たちがその肩書きを欲しても捨てても、白雲は拒否もしなければ引き止めもしなかった。
「そりゃー、この子だけ特別! おまえしか見えない! っつー状態になるんじゃねぇの?」
「そーかなぁ。けど、そん時は、そう思うんだけどなぁ」
 白雲のイエスはなにも、もったいないというがめつさではない。それに、断るのが苦手で気を遣ってるわけでもない。可愛い、好き、自分も確かにそう思うからイエスなのだ。ただそれが、告白してきたほとんど全員なだけで。
 最近は山田のアドバイスを聞いて『他にも彼女いていいなら』と答えるようになったから、現在の恋人はゼロ人となった。
「付き合ったら、全員とデートをしたのか?」
 相澤はふと、前から疑問に思っていたことを聞いてみた。『恋人はいま五人』とカミングアウトを受けた時から思っていた事だ。人数だって衝撃的だが、だって白雲は、相澤と山田とばかり行動を共にしていて、彼女に費やす時間があったのか(それも複数人ならなおさら)不思議でたまらなかったのだ。
「いやぁ、別に。デートは誘われて、一緒に帰ったことがある、くらいかなぁ」
「それで、付き合ってるって言えンの?」
「え、でもさ、好きです付き合ってください、に、いいぜ、って答えたら恋人だろ?」
「ん〜」
 それは確かにまぁウンまぁそうなのかぁ、と三人は同時に首を傾げた。恋人だけはたくさんの白雲と、恋人のいない二人では、平均値を取っても中央値を取っても、一般に漸近してゆかない。
「あ」
 その時、屋上の扉が開き、中から数人の女子が出てきた。その中に、例のあの子もいる。
 彼女たちはもう昼食は終わったらしい。三人から反対の柵側で、シャボン玉のような個性の子が透明な球をふわふわと空に飛ばし、水鉄砲のような個性の子がそれを狙い撃って、他はその様子をきゃっきゃと眺めている。
「んー」
 白雲は遠慮もなく彼女たちをじいっと見つめた。
「あのコじゃん。どう思う?」
「可愛い」
 即答に口笛。相澤は頬杖をつきながら無意識に割れたシャボン玉の数をカウントして、その数が十六を超えた頃にぽつりと言った。
「手でも繋いでみればいいんじゃないのか?」
 山田と白雲は、ピンと頭の上に電球を光らせて目を見開く。
「なるほど、さすがショータ! ……手、繋いで、何がわかるって?」
 手のひらを打った拳をそのまま顎に添えて、白雲はまた首を傾げる。山田のサングラスが器用にズレて、オイオイ、と眉を下げるのが面白くて、白雲はにへへと笑った。
「……好きなら、緊張したりして、気軽に手なんか握れないはず、だろ……」
 半分くらい言ったところでまずいと悟って声量は急降下。相澤はムウっと唇を結んだ。
「ふーーん、へぇ、ほぉ、あいざーそりゃ経験談と思ってOK?」
「うるさい」
 ニヤニヤした視線からぷいっと顔を逸らして白雲を見ると、青の瞳は既にキラキラと例の彼女を見つめていた。
「行ってくる!」
「マジかよ! オイあいざー! アイツ大丈夫か?」
「恋なら、声もかけられないはずだろ」
 声をかけなきゃ大した迷惑にはならないし、声をかけて会話できたとてそこまでで何か分かるもんだろう。と、相澤は澄まして白雲の背中を見送ったのだが、その横で山田がほぉんと鼻の下を伸ばす。
「お前はそーゆータイプなのね。俺は話かけたいケド」
 どちらが一般的だ、とは、お互い自信を持って言えず。相澤と山田は黙って白雲の恋の答えを待つことにした。
 白雲は、ずんずん大股で女子グループに近づいて行く。
「どー思う」
「……まさか、本当に手を握ったら、俺のせいか?」
「でしょうネ」
 歩みは止まらず、女子たちが白雲に気付いて振り向いた。
「白雲くんだ」
「あのさ、あの、俺とさ」
「ん?」
 わぁ、言った。言ったよ、オイ。山田はウィスパーボイスで相澤に身を寄せる。二人は、声をかける本人より緊張していた。
 彼女はきょとんと白雲を見上げて、どうしたの、と促す。
「俺と、ちょっと手を繋いでみてくれない?」
「え? やだよ」
「えぇっ、やだ?!」
 なんで突然手? と、彼女は胸の前できゅっと手を守るように握った。
「オイオイ、もどってこーい」
「もっと大きい声で言えよ」
 山田は口パクみたいなボリュームで言いながら、ぱたぱたと手招きの動きをするけど、白雲は目の前の彼女しか見ていない。
「俺が恋してるか確かめるのに、協力してほしいんだけど」
「白雲くんモテるのに、何を言ってるの?」
「うーん、それが本当に恋なのかという……恋なら、握れないはずだから、手だけ出してみてくれない?」
 彼女は訳がわからないのとめんどくさいのを混ぜ混ぜた表情を隠すことなく、数秒の間の後、ハイハイ、と手を差し出した。
「ありがとう!」
 白雲は、感謝の後、さっと手を伸ばす。
 アイツ意味わかってねぇな、と二人は思うのだけどもう遅い。息を止めて見守る視線の先、白雲の大きな手が、彼女の指先に、ツンと触れて――。
「あっ」
 バッ、と彼らは手を引いて離れた。
 そして白雲は、満面の笑みで振り向いて、相澤と山田に叫ぶ。
「恋だ!!」
「「ちげぇよ、静電気だろ」」


おわり

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