まさかの真実?!


 喉が渇いて、空気が固まる。
 相澤さんの質問の意図を、うまく汲み取ることができない。告白が全て作戦なら、相澤さんは傷つくの? 本気だと言ったら、私の恋は報われるの? 相澤さんに見えた赤い糸は、個性事故が生み出したまやかしなのに。
 私は――。
「……全部、ただの本心です」
 あぁ。言ってしまった。作戦は失敗。
 だって、冗談にして飲み込むには、胸に秘めてきた想いが大きすぎる。たとえ嘘でも、本当は好きじゃないなんて言えない。
 けど相澤さんの熱い視線は偽物。その熱に耐えられなくて、恥ずかしくて惨めで、私は目を逃して無意味にコーヒーへ注視する。
「だから、相澤さんが、私のこと好きな態度は嬉しいけど、本物じゃないから苦しい、んです」
「……ミョウジさんが、あんまり可愛いから」
「そ、そういうの! 惑わさないでください。変な期待、しちゃうので」
 視界の端の黒は、スッと消えて、ギイと隣の背もたれが鳴く。ふぅー、と長く吐き出されたため息が沈黙に変わる。
 並んで隣の席に座り、コーヒーを作ってもらってお菓子ももらって、個性事故でもなけりゃこんなのあり得なかった。ありえなかったから有難くて、近づけたのは嬉しくて、けど。
「ごめんなさい。個性解除は、ドン引きしてもらえるように頑張るので、その……必要以上の甘さは控えていただけたら――」
「嫌です」
「えぇ?!」
 いやって! 駄々っ子じゃないんだから、いくら私を運命の相手だと思い込んでるとしても、いやだとしたらむしろ、私からのお願いは聞いてくれてもいいんじゃないの?!
 思わずバッと振り向くと、相澤さんは、むうっと下唇を突き出して不機嫌そうに目を細めていた。
「謝らなければいけない事があります」
「な、え? 相澤さんが?」
「……嫌いになりますか」
 なっ、に、そのっ、しょんぼりツンとした顔ッ! ずるい。
「な、ならない? と、思います、けど、なんなんですか」
 聞く前に判断なんてできないけど、何を言われても嫌いになんてならない気がする。それっくらい、恋は盲目なんだと感じちゃう。
「個性事故……の、せいで、ミョウジさんが俺にかまってくれるのが嬉しくて」
「それは……」
「照れてるのが可愛くて」
「や」
「つい、個性にかかってるフリを」
「……ん??」
 相澤さん、今、フリと言いました?
 ん? つまり、え? あの赤い糸発言は? 全部演技? キャラ崩壊レベルでしたけど?
「最初から……ですか?」
 開いた口が塞がらないってまさにこの事。私がドン引きさせられるとは予想外の展開ね! 盲目だった恋の視力回復しちゃいそう。嘘。その、気まずそうに私を伺う目が、なんか可愛い!
「最初はかかってました。本当に、赤い糸が見えて、頭に霞がかかったみたいで。けど、マイクがあなたに説明してる間に解けました」
 ええぇ最初期! そこで解けたってことは。
「私何かドン引きされるようなことを無意識にしてたってことですね?!」
「いや」
 相澤さんは一度頭を振って、眉間に皺を寄せて、二、三度左右に迷うように視線をうろうろさせてから、ひとつ、じっくり時間をかけた瞬きをした。
 そして、ギッとイスの向きを私に向けて、膝に肘をついて前のめりになり、こちらを真っ直ぐに見つめた。言うしかないと諦めたような、受け入れてくれと願い乞うような、そんな顔で。
「柄にもない事を言いますよ」
「ど、どうぞ」
「本物だったんです。運命の赤い糸」
 うん、ええと。相澤さん。まだやっぱり個性にかかってますね。
「個性をかけられて最初に見た異性が、本当に運命の相手なら、すぐに解ける。らしいです」
「えっ」
 えっ。
 ――えっ?
「だから、個性事故関係なく、運命の赤い糸で結ばれてる、って言ったじゃないですか」
「あ、えっ、あのセリフはガチのっ」
 じゃあまって、相澤さんは個性にかかってないのに、私にアレやコレやと……。
「情報が……処理しきれません」
 可愛いとか、惚れてるとか、ムキムキポーズとか、あんな真顔で……?
 相澤さんは、頭をがしがしとかいて、目を伏せた。怒ってるとか、気まずいとか、じゃない。相澤さんは、照れてる。
「本当は居酒屋で打ち明けようとして、けど欲張りました」
「よくばったって……」
「まさかミョウジさんが、俺のことを好きだと思わなかったので。ああやって食事に付き合ってくれたり、少し、得した気分で……」
 相澤さんの、少し火照った頬、歯切れの悪い声、泳いだ視線、それらの珍しい挙動全てが、本気なのだと――。いや、いやいやいや。
「それ含め、ほら! 勘違いかもしれないじゃないですか! 個性かかってるんですって!」
 じゃなきゃ、相澤さんが私のことを元々好きだった、みたいな事になるじゃない?! ありえない!
「……それは……そう言われたら、証明が難しいですね」
 相澤さんは、すっかり難しい顔をして唇をぴたりと閉じてしまった。
 ふぅ。ほら。今の相澤さんの好意の全てが、個性事故のせいだとしたほうが至極自然! 自分で言ってて悲しいけれども。いい夢見たと思うしかない。うん。
 混乱を落ち着けて一息つこうと、マグカップに手を伸ばし、あ。これ、ミルクもお砂糖もって、昨日今日は教えてない。
 あ、と相澤さんの口から、私の頭の中と同じ音がした。
「コーヒー、以前給湯室で――俺にコーヒーくれましたよね」
 それはもう二ヶ月くらい前の、相澤さんもコーヒーいりますか、お願いします、なんてやり取りができてラッキーでハッピーだった日の話をされてるのでしょうか。
「その時、ミルクも砂糖も入れてたのを覚えてるくらいには、前から、気になってたんです。ミョウジさんのこと」
「あー……」
「まだ、疑ってますか?」
 疑っているというか、信じられない。信用が無いのではなく。アンビリーバボーなほう。
「個性の影響じゃなく、可愛いから可愛いって言いましたし、マイクとブラドには嫉妬しましたし、憧れてると言われて舞い上がりました」
 相澤さんは、デスクの上の私の手をそっと握った。触れ合ってる。ふ、触れ合ってる! 手を引っ込めたい!
 個性のせいだと思ってたから照れながらもあしらえていた甘い言動は、本気だと分かった途端とんでもない破壊力に変わって、こんなの平静を保てない。喉が声を忘れてしまったみたいに、反応が返せない。
「職員室のドアを開けて、毎日最初にミョウジさんの方を見て、るので、昨日も――最初にあなたが目に飛び込んできたんです」
 嘘でしょ。そんな。わかった。わかりました。たたみかけないで。もう伝わりました。待ってください。ドキドキしすぎて身体中全部が脈打ってるみたい。
「や、あの、えっと」
 ずいっと来ないで。顔を覗き込まないで。真っ赤だから。近い。相澤さんが近い。目が、逸らせない。

「本物の運命らしいんで、諦めて、俺と付き合ってみませんか」

 ずきゅん、とトドメの一撃がハートを撃ち抜いた。

 私の答えは、そんなの決まってる――。

「よろしく、お願いします」
 まだ事態を受け入れきれてない頭のまま、辿々しく紡いだ私の精一杯に、相澤さんは優しく微笑んでくれた。
 無駄のようだった頑張りは、まさかの形で報われた。
 この赤い糸は、断ち切ろうとしても断ち切れないらしい。

-BACK-



- ナノ -