逆にこっちから押す作戦!

 散々他の先生方に弄られて、次はどんな作戦にするんですかーなんて気軽に聞かれて。
 これ以上やると本気で私の印象に関わるし、けど引かれなきゃいけないし……。正直万策尽きてるわよ。何か考えがあるならぜひ言ってよ。
 そう思いながら、へらへら笑って『困りました』と頭をかくだけの午後だった。
 何よりあの、相澤さんの、グイグイくる感じが心臓に悪すぎて悪すぎて。そこに彼の本心なんて一つも無いのに、私だけ本気で照れて戸惑っている虚しさったらない。あそこでやり返せたらドン引きしてもらえるのかな。
 普通科のデスクは、今しがた「お先です」と出て行った一人を最後に、私だけになってしまった。普段ならもう少しいるはずなのに、なぜだか今日はヒーロー科も経営科もサポート科も人が少ない。
 というか、私だけ?
 広い職員室を見回すも、座ってる人は居なさそうで。
 はー、と大きなため息と共に、ぷしゅうっと気が抜ける。相澤さんのことばっかり考えてるから仕事進まないんだ。ぐっと腕を上げて伸びをして、ピンと伸ばしていた背筋をだらんと背もたれに預けてリフレッシュ。
 テスト作りもうすぐ終わるし帰ろう。あと少し。と、背もたれに接着されそうな背中をべりっと起こし、キーボードに手を乗せた瞬間。
「コーヒーどうぞ」
「ひゃうあぁっ?!」
 ぬっと突如現れたマグカップ、そして背後からのバリトンボイスに驚いて、ガッタンとデスクの下に思い切り膝をぶつけた。
「いった!」
「大丈夫ですか」
 相澤さん……! いたんですか。
 完全に油断していたし変な声出たし、膝は痛いし恥ずかしくて泣きそう。膝をさすって屈んだ私の視界に、コトンとマグが置かれた。
「大丈夫です……。コーヒーありがとうございます。あの、気配は消さないでください」
「すみません。癖で」
 気配消す癖? いや、絶対わざと驚かせにきた。後ろの彼の表情は見えないけど、声にどことなーく笑いが含まれてる。
 ほんの少し反抗的な目で振り返ると、相澤さんは眠そうな半眼をぱっと開いて、そしてポケットに手を突っ込んだ。
「二人きりになったので、ちょっと」
 ちょっと何です。からかってみたくなったとかですか。というか二人きりですか。これはドン引きチャンスが来たのでは。
「差し入れでもと」
 引かれるにはどうすればいいか、慌てて思考を巡らせる私の前に伸びてきた手。大きくて皮の厚そうな掌に、ちょこんと乗った個包装。ハート模様の袋のチョコレートは、今の相澤さんが差し出すとまるで愛の告白。
 これ大好きなチョコ、嬉しい、と思う反面、素直に受け取っていいのか悩むコンマ数秒。
 あっ、そうだ。と名案が浮かぶ。
 こんなグイグイ来る相澤さんに、嬉しさありつつ戸惑っている私。だから逆に、私からグイグイ行ったら、相澤さんも引くのでは?
「あ、すっ、好きです」
 これは練習。お菓子が好きという意味も込めての慣らし。大丈夫、言える。
「どうぞ」
「ありがとうございます! あい、相澤さんって、優しいですよね」
 ヤバい。本音が多分に含まれている分、照れがものすごい。手が落ち着かなくて、早速食べてしまおうと袋を開けて口に放り込んだ。ハートの形のチョコが、舌の表面で甘く蕩ける。
 相澤さんは、隣のイスを引いて腰を下ろし、もぐもぐする私にまったりとした視線をよこした。
「コーヒー、砂糖とミルク入れてましたよね」
 ハッとして見たマグの中、コーヒーはミルクを混ぜた柔らかなブラウンをしていた。ふわふわした喜びに胸があたたかくなる。どうして知ってるんです、と聞きたい、けどこのままだと相澤さんのペースのままだ。やり返されてたらダメ。私は甘さをごくりと飲み込んで、摂取した糖を言葉に乗せる。
「相澤さんはブラックですよね。子ども舌だから、そんなとこまで憧れちゃいます」
「……そうですか」
「相澤さんは、憧れるところばっかりです」
 おっと、効果あり? 捕縛布に口元を埋めて、表情を隠す仕草はもしかして、動揺してる? 追うのが好きな人は、追われると途端に冷めるとか言うし……。
 冷められるのは辛いけど、相澤さんを揺さぶっていると思うとなんだか下克上したような嬉しさを感じるのも確か。私は意気揚々と追撃を喉に用意して息を吸う。
「生徒に対する厳しさも、愛に溢れてて……本気で生徒たちのためを思ってるからこその嫌われる覚悟、教師として尊敬します」
 相澤さんの好きなところなら、一生懸命考えなくてもたくさん言える。
「ミョウジさんも、生徒に慕われてるじゃないですか」
 優しい社交辞令だってわかってても、嬉しいくらいに好きだから。
「私なんてまだまだです。相澤さんはプロヒーローのお仕事もあって忙しいのに、書類のミスは少ないし。どうしたらそんなに効率的に動けるんですか?」
 普通です、ミスくらい俺もします、と謙遜するところもまた好感度あがっちゃうんですよ、相澤さん。
 じいっと小さな瞳を見つめると、私の視線に居心地悪そうに眉根が寄る。引いてる? いけてる? もう一押し。
「相澤さんって、かっこいいですよねっ」
 ん、と一瞬息を詰まらせた彼は、動揺の浮かぶ目で私と見つめ合った。これは、相澤さんが、戸惑っている!
「そりゃ、どうも」
「ストイックな性格ってだけじゃなく、見た目も……。髪とか髭とかで誤魔化されがちですけど、実はすごく整った顔してらっしゃるじゃないですか」
「……自分ではわかりませんけど」
 訝しげだ! この調子で引いて!
「かっこいいです! 髪結ぶとセクシーだし、声もタイプです。ひと目見た時からっ、あ、えっと」
 ぐいぐい行けてた私の勢いは、ここでぷつんと途切れて、恥ずかしさに押されそうになる。
「実は、ずっと素敵だなって、思ってたんです……」
 ……これ、ただの熱烈な告白では……。
 気付いてしまったら、もう無理だった。何とか言い切ったものの、顔は茹って真っ赤、頭は真っ白。
 相澤さんはというと、私の告白を聞き届けて、何故か難しい顔をして机を見つめている。ドン引き、してくれた……?
「あの……」
 もしかして個性が解けたんじゃないかって淡い期待は、呼びかけに応えて私を射抜いた瞳によって砕かれた。切なく、苦しそうに細められ、熱を内包した双眸。
 捕縛布の中に隠れた唇が、声を紡ごうと動いたのがわかった。
「今言ったことは全部、個性を解除するための作戦、ですか?」
 ドキッと心臓が跳ねる。
 核心を突かれ、根拠のない責められた感覚に胸が痛む。口にした全ては本心。ずっと思ってきたこと。だけど確かに、それを吐露したのは作戦で。相澤さんにかかっている個性を解いてから、改めてすべきだった告白をしてしまって、私は――。

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