尻軽女作戦?!

「マイクさん」
「よー、おつかれ。旦那どうよ?」
「旦那って、何言ってるんですか。どうもこうも、挫けそうです」
 午前の授業が終わって、お昼休み。職員室へ戻ってきたマイクさんに、昨日の居酒屋でのチャレンジを報告する。私の頑張りはアレもコレも全て暖簾に腕押しぬかに釘。全くもって相澤さんのセンサーに触れず、ドン引きのドの字も引き出せなかった、と。
「愛されちゃってんなぁ
 マイクさんは、のんきに頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれにぐっと体重をかけた。
「ンで、次はどーすんの?」
 よくぞ聞いてくれました!
「協力してくれませんか」
 せっかく相澤さんのいないこのタイミング。彼が戻ってくる前に、マイクさんと打ち合わせて力になってほしい……そう、次の手は、尻軽女作戦なの! 相手が必要不可欠なのです。
「あっ! ブラドさんもいいところに! お願いします協力してください!」
 ヒーロー科教諭はヒーローだし困った人に優しくて、戸惑いながらも私の作戦を受け入れてくれた。
 作戦は簡単。相澤さんの前で、誰にでも距離感バグり状態で接してみる、という。向かい側の席でオールマイトさんがソワソワ『私は?』と言いたげにこちらを伺っているけれどそれはスルーさせていただきます。私に伝説をいじるほどの肝は無い。
「うまくできるかはわからんが」
「ありがとうございます!!」
「んじゃまぁ、やってみっか」
 と、話がまとまったジャストなタイミングで、相澤さんが職員室に戻ってきた。
 私はキリリと勇んだ顔をして彼を一瞥。相澤さんは真っ直ぐこっちにやってくる。そりゃ相澤さんはマイクさんの隣の席だからね。
 さぁ、作戦を、決行せねば。
「マイクさんって、実はすっごくキュートな顔してますよね?」
 と。私は普段よりキャピ感三割増で、相澤さんに聞こえるように声を上げる。椅子に座るマイクさんのすぐそばに立ち、顔を近づけて、サングラスの奥を覗き込んで、距離感のバグりも忘れない。
 目の前でぎゅっと結ばれた唇は笑いを堪えて、むぐむぐと動いている。ちょっと、しっかりしてくださいよ。恥ずかしいのは私なんですから……!
「サングラス外したらいいのに
 と、奇抜なオレンジのサングラスにそっと手をかけて、テンプルを耳から滑らせる。現れた双眸は羨ましいほどぱっちり丸く、グリーンに輝いて私を写している。
「え、普通にキレイですね。どうしてこんな格好してるんですか?」
「ワオ、真顔やめて? 照れちゃう」
 あっ。つい普通の感想が。
「んじゃ、二人きりで抜け出してみる?」
 サングラスは取り返されて、金色のまつ毛がバチコンと星が飛ぶようなウインクを決める。ノリよく返してくれるのはさすがDJなんだけど、一気に恥ずかしくなってきた。顔が熱いけどもう、やりはじめたらやるしかないのよ。
「きゃあ! マイクさんのファンに刺されそう
 だめだ。正解がわからない!
 小声で、それのどこが尻軽なんだよ、とツッコまれちゃったので、マイクさんのターンは終了! 迷走!
 相澤さんはどんな顔をしてるか、そもそも注目されてるのか……。チラッと様子を伺うと、呆れたような無気力な目と視線がかち合って、慌ててくるりとブラドさんに向き直る。
 相澤さんの感情が読めない。引かれる自信が微塵もわいてこない。
「ブラドさんの筋肉すごぉい! 触ってもいいですか?」
「ん、あぁ、存分に触れ!」
 あ、ブラドさんもちょっとテンションおかしくて安心する。安心していいのか分からないけど。
「えいっ」
 ツンツン、と人差し指で、ぴったりしたヒロスの大胸筋を突いてみる。
「わぁ、えっ、思ったより柔らかいんですね……」
 予想外にふにふにと弾力があって不思議な感じ。もっとカチカチかと思ってた。
「力を抜いているとな。力むとこうっ」
「わっ、ムキってした!」
 お? なんか楽しい。どうでしょうか? いい感じに相澤さんの好意を裏切っているのでは? あぁでも苦しい。嫌だ嫌われたくない。
 協力してもらってなんだけど、マイクさんもブラドさんも恋愛的にはちっとも好きとかないんです……!
 心の中で言い訳しながら、相澤さんが声をかけてくれないとコレやめ時が分からない!
「えっと、あ、もしかして私を腕にぶら下げるなんて軽々ですか?」
「当然そんなの造作もない」
 笑いながら上腕二頭筋でぐっと力こぶを作ったブラドさん。ヒロスのデザイン的にも際立つ隆々とした筋肉。
「すっごーい」
「……ミョウジさん」
 不意に、相澤さんが私を呼んだ。
 ムキムキポーズのブラドさんの腕に、ぶら下がってみちゃおうと伸ばしかけた手はギクリと止まる。
 それくらい低くて張りのある声だった。
 そしてブラドさんまで冷や汗をかいてる。私の周辺の空気に緊張が走る。
 どうしよう。やりすぎた? 誰にでもベタベタする魔性の女だと思われた? 真面目で清楚なイメージ(があるか知らないけど)がひっくり返ってドン引き、され、たら、大成功なんだけど、でもでも。
 相澤さんはぬらりと立ち上がり、私たちに近づいて、そして、ゆっくりと肘を上げて――。
「俺でもあなたくらいぶら下げられますよ」
「はへ?」
 ぶ、とマイクさんが吹き出す。ブラドさんはフリーズしてる。オールマイトさんは止めていた息を吹き返した。
 私の中途半端に上げた手を、相澤さんの大きな手がそっと包む。
「俺の気持ちを試すようなことしなくても、不安なら言ってください」
「ふ、え、え……」
 まっすぐ私を見つめる、真摯な黒点。
 なんか斜め上な発言された気もするけど、頭が働かない。握られた手が熱い。手から熱が身体中に広がって、汗が。
 キャパオーバーにも程がある。私は相澤さんが好きで、この、ドキドキはどうしようもなく本物で。けど相澤さんのは個性事故のせいで。勘違いしないで私。
 強靭な精神で立て直しを図る私の耳元に、相澤さんの唇が寄ってきた。私にしか聞こえないような囁きが、ふうっと吹き込まれる。
「分からせてあげましょうか」
「はぅわぁぁ! ごめんなさい!」
 自分でもビックリするくらいの勢いで、手を振り解き後退る。
「お昼行ってきます!」
 あぁ! また無理だった!
 バタバタと駆け出して大食堂へ向かった私の動転は午後も後を引き、結局、残業をこさえてしまう程に多大な影響を及ぼしてくれたのでした。
 人に引かれるって、難しい。好きな人だから難しいの? けど、催眠みたいな状態で無条件に好かれても、そんな偽物嬉しくないどころか苦しいだけなんだもの。
 次こそ……! 次こそドン引きされてやるんだから!

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