居酒屋でドン引き作戦!

 仕事終わり、定時になると荷物を片付け、当然のように相澤さんは私の席へと迎えにやってきた。
 ゴクリ、唾を飲み込み私は立ち上がる。あらゆる意味で緊張していて、およそ好きな人と食事に行く顔ではない。
「ぉ、おつかれさまです」
 周囲からの視線は面白おかしそうに、仕事をするフリをしながら私たちを伺っている。
「ミョウジさんも、お疲れ様です」
 相澤さんは朝よりかだいぶ落ち着いた顔――いや、朝だって落ち着いてはいたけども。運命だとか赤い糸だとか言ってたことを忘れてしまえば、全く普通の相澤さんだ。かっこいい。これが個性事故と関係ないお食事だったなら、完全に私の妄想通りなのに。
「ミョウジさん、何食べたいですか」
 よかった、私の意見を聞いてくれて。
 どうすればドン引きしてもらえるか、仕事中に必死に考えたのだ。私には、大概の男が『えっ』て顔する必殺技があるのよ!
「居酒屋にしましょう!」
 ドドン、と用意していた提案を披露すると、相澤さんはあっさり「いいですね」と同意して、いつもより緩い歩調で玄関へと向かった。
 その背中を追いかけて、仲良く雄英を出て、そうして私の「海鮮系が充実した居酒屋さんだと尚嬉しいんですけど」という厚かましいリクエスト通りに、居酒屋へとやってきたわけで……。
 相澤さん行きつけらしいそこは、こじんまりとしていながら趣がある。気のいい夫婦の快活な声、お肉の焼ける香ばしい匂いと、他の卓に並ぶ魚料理に五感が喜ぶ。
 通された奥は小上がりで、靴を脱いで座布団に腰を落ち着け向かい合うと、相澤さんは手書きのメニューを私に向けてテーブルに開いてくれた。
 ラインナップはどれも美味しそう。あぁ、でもサラダは今日は頼まない。カマンベールチーズフライも、カシスオレンジも頼まない。
「お酒、なんでもいけるんですか」
 海鮮に合うのはこのへんおススメですよ、なんて穏やかな声で、おでこを突き合わせて。
 ち、近い。想像より優しくて自然。まるで本物の恋人のデートみたいでドキドキするじゃないの! けどこれは相澤さんの本当の感情じゃない。惑わされないで、頑張ってドン引きされるのよ私。
「はい、割となんでも……」
 私はメニューをよく見て、できるだけ渋くて女子が頼まなそうなものに目をつける。
 そう、それがドン引きされる作戦。
「俺、好き嫌いないので好きなもの好きなだけ頼んでいいですよ。残るなら貰いますので気にせず」
 何を隠そう、私にも好き嫌いなどない!
「じゃあ……」
 すみませーん、と声をかけるとすぐに、愛想のいいおばちゃんが来てくれた。さて。
「俺ビールからにしますけど、ミョウジさんは」
「……ひれ酒で!」
 ビールとひれ酒ね、とメモする店員さん。相澤さんは、へぇ、と何故か感心した様子。引いてる、とは言えない。
 こ、これで終わりじゃないんだから。
「あと、牛すじ煮込みと、あん肝と、たこわさと、たち天と、なめろう」
 どうだっ! 可愛くないチョイスでしょ?!
 相澤さんは涼しい顔のまま、私に続いて注文を唱える。
「串カツアラカルトと、揚げ出し豆腐、筋子おにぎりもお願いします」
「はい! 少々お待ちくださいね」
 店員さんは席から離れ、元気に厨房に注文を叫んでいる。
 メニューを片付けた相澤さんは、……え?
 ノーリアクション?
 引いて、ない?
「魚卵、好きなんですか?」
 むしろ、嬉しそう、な、気が。
「あ……いや……好きです」
 私を射抜く三白眼に、A組の担任をしてる時の鋭さは無い。
「ふっ……それ、告白みたいでいいですね」
 それどころか、何、甘いこと言ってんですか!
 うっかりときめいて、可愛い女を目指してしまいそう。だって好きな人の前で可愛くありたいのは、もう恋する乙女(という年齢ではないけど)だから仕方ないでしょう!
 けど引かれなきゃいけないの! この甘い空気は個性事故のせいなんだから。
「ひ、引きません? 私、だいぶ可愛くないラインナップで注文したと思うんですけど……」
 なぜなの。大概の男は引いてたのに。この人の感性が独特ならやり方を変えなきゃ。
 相澤さんは、どこに引く要素があったのか分からないって顔して、瞬きをひとつ。
「あぁ。意外でしたけど、いい意味で。趣味が合いそうです」
「えぇ……」
「それに、俺の前で素を見せてくれるのは、惚れてる側としては嬉しいもんです」
 うっ……完敗です。え、相澤さんてそんな事言う、い、言わないよね、個性事故個性事故!
「そう、ですか……」
 うるさい心臓をどうにか誤魔化して、手持ち無沙汰におしぼりを摘む。
 なに、おしぼりで、顔でも拭けば……?
 一瞬頭を過ぎったけど、それじゃあオッサンくさい行動に加えて化粧の乱れというダブルパンチだ。効果的かもしれないけど、私の中の乙女がそこまでは晒せないと泣いている。
 その後も――食べきれないからどうぞどうぞと相澤さんに食べさせても、元々残るなら貰うと言ってた通り、嫌な顔ひとつせずぺろりと平らげてしまった。ひれ酒(とても美味しい)を一口しか飲まずに押し付けても「間接キスですか。積極的ですね」といった具合。
 やけになってピッチが早まる私に「送り狼期待してますか?」なんてシラっと聞いてくるんだから、やめて、想像しちゃったし、やだもう強すぎる。
 挙げ句の果てには、送るという彼にタクシー代だけせびってみたら、どうぞと万札差し出されちゃって、もう無理!
 冗談です、とそれを断って一人でタクシーに飛び乗った。
 歩けば送られる。そしたらダメだと野生の勘が告げたので。
 今日のところは、ドン引きしてもらえなかったけど、まだ諦めない!
 明日! 明日こそ……! 学校で……!

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