nagareboshi | ナノ
「あのさ、ちょっと良いか?」
明らかに不機嫌そうな表情の不二君に呼び出された昼休み。そういえば思い返してみれば朝練の時もこんな表情をしていたような気がする。機嫌が悪いんだろうけど理由は分からない。

「え、あ…良いけど、どうしたの?」
するといきなり強く腕を掴まれて思わず吃驚。こっちは心配してあげたというのに掴まれた腕から悪意を感じる。思わずこっちまで不機嫌な表情になっていくような気がした。

「不二君?」
「ちょっと来い」
「待ってよ、昼休みに屋上に来るようにって観月先輩に言われてるの」

不二君の眉間に皺が寄った。何だか睨まれている気がする。
私は少し強めの口調で言った事を少しだけ後悔した。不二君は私の腕を掴む手に力を込めた。それが無意識なのか故意によるものなのか分からないけど、さすがに痛くて顔を歪める。不二君意味わかんない。

「不二君なんで怒ってるの」
返事が返ってくる前に、そのまま後ろの壁に押し付けられた。

「…、え?」
「お前が携帯落とした日の夜、ずっと携帯鳴ってた」
「ちょっと不二君、何して、」

気付けば不二君の両手が私の手首を強く握り壁に押し付けている。ひんやりとした壁が背中に擦れた。というより此処は教室だ。クラスメイトだっている。だから当然クラスの視線が私と不二君に向いているわけでして。
 しかしそんなクラスの視線よりも、目の前にある不二君の真剣で真っ直ぐな瞳に意識がいってしまう。押し付けられた手首が痛い。

「聞こえなかったようだからもう一回言うぜ。あの夜、お前の携帯に非通知の電話番号から何度も何度も着信があった」
「っ!まさかそれ、出てないよね…!?」
「出てない。ただ一晩中鳴っててうるさかった。コンビニの前でお前が急に帰った時、明らかに様子が変だった。前の学校で何があったのか知らないけど、"何か"を隠してその"何か"にビビってるお前見てると苛々する」
「っ、な、何それ…不二君には関係あらへんやろ!」
「!」

(あ、やば)つい感情的になって関西弁が出てしまった。こっちに来てからは出さないようにしてたつもりなんだけどな。
不二君は私から視線を外さない。クラスの皆が、私が叫んだことによって少しずつざわめき始めた。感情的になり叫んだことによって乱れていく私の息。不二君は深く呼吸をした。

「…あと、メールも来てた」
「え?」
「見てないのか?白石って奴と、光って奴から」
「っ…気付かな、かった……」
「あのさ、」
「!」

ぐい。不二君は私の耳元に顔を寄せて、小さな声で言った。

「"謙也"って、誰だ」
「ッ!!」

血の気が引いた。真っ青になっていく顔を俯かせて、何も言い返せずに唇をかみしめる。しかも今の不二君の行動によってクラスの女子からキャーという歓声が上がった。それだけじゃなく、他のクラスの人も教室のドアから身を乗り出すようにして私達を見ている。(やばい、これは、やばい)
だけどそんなのちゃんと視界に入らなくて。気付いたら溢れ出してきた涙によって床に染みを作りながら、掠れて痛々しくなった声で叫んだ。

「やめて、そんな名前もう聞きたくない!不二君には関係あらへん言うてるやろ!何で、何でそないに突っかかってくるんや…何で、謙也のこと知っとるん…?意味分からんわ、ほんまに…」
「っ、苗字――」
「もう話し掛けんといて!不二君なんて嫌いや!!」

関西弁フル活用で不二君を睨みつける。目を大きく開いて口元を震えさせている不二君の両手を振り払って、私は教室を飛び出した。気づけばたくさんの人が私達を見ていて、廊下にできた人だかりを突っ切って私は走る。通り過ぎた時にヒソヒソと何かを言っている声がたくさん聞こえたが、涙が溢れてきてそれどころじゃなかった。

(あの人に会いたいという気持ちが膨らんで、抑えきれなくなる)

 20120821