nagareboshi | ナノ
 不味い。非常にマズイ。携帯の受信メールを見て血の気が引いていく感じさえした。
「や、やば…」
観月先輩からのメールを完全にシカトしてしまっていた。朝、真っ青な顔で通学路を歩きながら今からでもメールの返信をしているところだった。

「どうしよう絶対怒ってる…うわあ二日目からいきなり説教かー…」
メールの内容は、何通か来ていたが全て同じ。連絡があるので返信下さいとの事だった。返信下さいって書いてあるということは、観月先輩は私がメールを返さなかった事に怒るはずだ。(最悪、最悪最悪)

「おっおはようございます!」
勢いよく部室のドアを開けて挨拶をする。昨日言われた時間より十五分くらい早めに来たからまだ部員はほとんどいなかった。
昨日紹介されたから覚えてる。えっと、確かあれは木更津先輩だ。それと観月先輩も一緒にいる。私は鞄をぎゅっと握って観月先輩の元まで駆け寄り頭を下げた。

「み、観月先輩…昨日はすみませんでした!」
「…おや苗字さんおはようございます。いきなりどうしました?謝罪なんかして」
「あ、あの、メール…気付かなくて無視しちゃって…すみません!」
「!」

観月先輩の顔を見ると、面白そうに笑っていた。(え、え?)

「み、観月先輩…」
「んふっ 大した用事ではありません。気にしないで下さい」
「ほ…本当ですか?」
「嘘などつきませんよ」
「よ、良かったあー…大事な用事だったらどうしようかと思って…」
「んーっ、そこまで責任を感じなくても良いのに…まあ良いです、早くジャージに着替えなさい」
「はい!」

ブレザーを脱いでYシャツの上にジャージにを着る。別に裸になるわけでもないし下着を見られるわけでもないから女子更衣室なんて無い。そもそもここは男子テニス部だ。
ジャージを着ると木更津先輩が離し掛けてきた。

「苗字だったよね、随分観月に気に入られてるようだけど何かあったの?」
「え?そ、そんな何もないですよ」
「クスクス、そうかな?」
「そうですって!」
「そういえば柳沢が君の事可愛い可愛いって言ってたよ」
「ええ!?」

思わず顔が赤くなる。木更津先輩はクスクス笑いながら私を見ていた。(く、くすくす…?)どうでも良い話だが聖ルドルフ男子テニス部員は変な笑い方をする人が二人もいる。その件には触れない方が良いのだろうか…。

「そういえば裕太も言ってたっけな、可愛いって」
「ふっ不二君がですか!?」
「クスクス、それは嘘。けど少なからず気はあると思うけど」
「え?」
「いや何でもないよ」

最後の方が聞き取れなくて聞き返したらはぐらかされてしまった。私は首を傾げて木更津先輩を見る。少し長めの前髪から覗く目は何だかミステリアスだった。ああそういえば、昔のユウジはこんな感じだったかも。そんな事を思いだしてしまい、何だか胸が苦しくなる。

「…苗字?」
「あ、いえ、何でもないです!それじゃあ私、ドリンク作ってきますね」
「?うん、行ってらっしゃい」

軽く頭を下げてから観月先輩の元へと向かう。四天宝寺の皆も、今頃こうやって朝練の準備をしているのだろうか。四天宝寺には今マネージャーがいないはずだ。私だけだったのに、その私が転校しちゃったから、皆大変じゃないかな?金ちゃんとか自分のタオルとかちゃんと洗濯できてるかな?すごく不安。

「……、」

(謙也は、どうしてるの、かな)
新しい彼女…はできるわけないか。ヘタレだもん。私に告白してきた時だって真っ赤になって慌てふためいてたし。何て、そんな事を考えていたらまた涙が溢れてきそうだったから、必死にこらえた。だけど私は、そんな自分の顔をあの人に見られているなんて気付いていなかった。

 20120820