nagareboshi | ナノ
 翌日、転校初日の日がやってきた。
どきどきわくわくとかそんな気持ちよりも、昨日不二君と会った場所で落とした携帯のことが気になった。先生が私のクラスが何組か教えてくれたけど携帯のことで頭がいっぱいで聞き逃した。
ついにクラスまで案内されて、そこで初めて気づく。三組だった。(不二君と同じだ…良かった)

ガラリとドアが開く。クラス中の視線がこちらに向いた。は、恥かしい何この羞恥プレイ。

「それじゃあ転校生を紹介する。大阪から来た苗字だ」
「あ、はじめまして…!苗字名前です、四天宝寺高校から来ました。えっと、よろしくお願いします」

控えめに頭を下げると、拍手が響いた。顔を上げてキョロキョロとクラスを見渡すと、窓際の不二君と目が合う。ばちり、何だか気まずくて逸らしてしまった。それから先生が私の席を教えてくれて、しかも不二君の隣。(うわ、え、まじですか)

とりあえず席に移動して、座る。うわ、不二君の視線が痛い。めっちゃこっち見てる。

「…お前、苗字って言うのか」
「え?あ…う、うん」
「昨日聞きそびれたからさ、改めてよろしくな」
「う、うん。よろしく不二君」

不二君は昨日のことなんて気にしていないようだったが、ふと不二君が鞄の中をまさぐっているのに気が付く。そして不二君は鞄から私の携帯を取り出した。

「ほら、昨日落としただろ」
「!……あ、う、うん、ありがとう…」
「……あのさ、苗字――」
「それじゃあ朝のホームルームを終わりにする。一時限目に遅れないようにしろよー」

不二君の声は先生によって掻き消された。それに少し、安心してたり。するとチャイムが鳴ると同時に私の机に人が集まってきた。

「ねえ苗字さんって何部入るの?」
「大阪弁話せる!?」
「メアド交換しようよ!」
「してんほーじってどんな高校なの?」
「え、あ、あの…」

いきなりの質問攻めに戸惑っていると、ふいに聞かれた質問に笑顔が固まる。

「彼氏っているの?」

ズキズキ。胸が痛んだ。何も返せない。どうしよう、どうしよう。また思い出してしまう。私は必至に固まった頬を緩ませる。無理に作った笑顔にも、周りの人は騙されてくれた。
そして、微かに震えた声でさっきの質問に答える。

「あ、えっとね…前の学校で、テニス部のマネージャーやってたから…ここでも、やろうかなって…あと、大阪弁は話せるよ、普段は標準語にしてるんだけど…し、四天宝寺はすごい面白い高校で、授業にお笑いとかあって…あ、メアド欲しかったら後で渡すね、えっと、」

すると皆は笑って応えてくれた。よろしくね、とか、友達になろう、とか。色々言ってくれたんだけど、よく頭に入らなくて。混乱していたら、ふと横から視線を感じた。途端に腕を掴まれて、そのまま引っ張られる。

「っ、え?」
「ちょっと来いよ」
「ふ…不二君?」

教室を出て、屋上に移動する。乱れた呼吸を整えて、目の前にいる不二君と目を合わせる。だけどすぐ、目を逸らした。全てを見透かされそうな真っ直ぐな視線。(胸が、痛い)

「お前さ、前の高校で何かあったのか?」
「、え?や…やだな、何もないよ」
「…ふーん。あ、そうだ」
「へ?っちょ、いたたたたたた!!」

不機嫌そうな顔をした不二君に、頬を抓られた。両頬を引っ張られて、思わず涙が滲む。すると不二君はすぐに手を離して、言った。

「お前さ、笑顔引きつりすぎ。彼氏いた?って質問の時からずっと目だけ笑ってなかったぜ」
「…わ、私今までずっと彼氏いなかったからさー、聞かれてグサっと来ちゃって!あはは、それより授業始まっちゃうよ!教室戻ろう?」

そう問いかければ、不二君は私から少し目を逸らして、それでも笑って頷いた。

「そういえばさ、お前テニス部のマネージャーやるんだろ?」
「あ、さっき聞いてたんだ。そうだよ」
「じゃあよろしくな。うちのテニス部もうマネージャー一人いるんだけどさ、お前が二人目やってくれんなら安心した」
「え?あ、もう一人いるんだ…三年生?」
「いや、二年だよ」
「そうなんだ、私頑張らないとな」
「おう、頑張れよ」
「ありがとう不二君」

(その時私は知らなかった。)
(彼が私の携帯を持っていた一晩の間に、あんな事があったなんて)

 20120820